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字幕書き起こし 歴史秘話ヒストリア「決着!80日間世界一周」 2016.11.11

鉄道が開通し日本が明治の真っただ中にあった頃。
海の向こうで世界を夢中にさせる物語が生まれました。
主人公は80日間で世界を一周してみせると旅に出ます。
果たしてそれは成功するのか?もうハラハラドキドキの…その17年後小説は現実となります。
2人のアメリカ人女性記者がニューヨークを出発。
一人は東へ一人は西へ。
同時に…2人の旅はデッドヒート!そしてトラブルの連続!今日は事実は小説よりも奇なりな「80日間世界一周」の旅です。
見えてきました自由の女神!前回に引き続きここニューヨークから「80日間世界一周」レースの秘話をお届けします。

 

 

 

 


2人が旅立ったのは1889年。
ちょうどあの自由の女神像が完成した3年後の事です。
旅に出たのは2人の女性記者…ネリーはいわばスクープ命!気が強く体当たり取材を得意とする熱血記者です。
一方のエリザベスはライバル社で文芸欄のコラムを担当。
上品で美人。
ネリーとは正反対のキャラクターでした。
さあ東回りのネリーと西回りのエリザベス。
どちらが先にゴールできるのでしょうか?皆さんご一緒に見ていきましょう!ニューヨークの港から蒸気船に乗り…出発から9日目。
大西洋を横断しフランスに到着。
大聖堂で知られる古都アミアンに向かいます。
待っていたのはなんと小説「80日間世界一周」の作者ジュール・ヴェルヌ本人!ヴェルヌは作品の構想を練った地図にネリーの進路を書き込んでくれました。
心の声私はヴェルヌ氏が引いてくれた線をたどった。
ヴェルヌに励まされたネリーは意気揚々と地中海を横断。
全長160kmに及ぶスエズ運河も順調に通過します。
そして未知の世界アジアに入りました。
ニューヨークを出て25日目。
インド洋に浮かぶ島セイロン島。
現在のスリランカですが当時はイギリスの植民地。
紅茶の大規模栽培が始まって間もない頃でした。
年間の平均気温は27℃。
ネリーにとって初めての熱帯の島です。
船が出るまでの間ネリーは体当たり取材に出かけました。
まずは腹ごしらえ。
…とそこに何やら見た事もない物体が…。
こちらセイロンの名物料理でございます。
あ〜え〜っと…これは本当に食べられるの?その名は「カレー」。
当時はまだアジアの一民族料理でアメリカ人のほとんどは食べた事がありませんでした。
においは強烈色も不気味。
何が入っているのかすらよく分かりません。
ですがそこは熱血記者のネリー。
勇気を奮ってカレーに挑みます。
そんなこんなで取材を終え港に戻ったネリー。
ところが…。
どういうことなの!?落ち着いて下さい。
こればかりはどうしようも…。
だったら別の船を用意して!なんとトラブルで予定の船が出航できないというのです。
80日で戻れないじゃない!ネリーにとってアジアの旅は波乱の幕開けとなりました。
ネリー出発の8時間後。
ライバル社の記者エリザベスもニューヨークを出発します。
まずは大陸横断鉄道に乗り西海岸のサンフランシスコへ。
途中すご腕機関士「つむじ風のビル」の協力を得て難関の…僅か5日でアメリカを横断し太平洋に乗り出しました。
向かった先は…。
東洋の神秘日本。
時は明治22年。
江戸時代の風情もここかしこに残り見るもの感じるもの全てがまさにエキゾチック!中でも一番は増上寺。
豪華絢爛な徳川将軍の霊廟でした。
「まるで完璧な宝石箱の中にいるようでした」。
日本で何よりも旅をする喜びを知ったエリザベス。
ニューヨークを出て39日目。
訪れたのはシンガポール。
「東洋と西洋の交差点」と呼ばれ19世紀から今日まで目覚ましい発展を続けてきました。
ですがエリザベスが旅したのはまだ海外旅行が一般的ではなかった時代。
もちろんリゾートホテルなんてありません。
(物音)心の声何?何の音?
(物音)エリザベスは昼間聞いた話を思い出しました。
(男性)ここシンガポールには虎がいるんです。
それも毎日のように人を食い殺してる恐ろしいやつで私らもほとほと困ってるんです。
(吠え声)
(心音)「ああ…もしかして…」。
正体は何か。
エリザベスは勇気を振り絞ります。
(鳴き声)この夜の出来事をエリザベスは旅行記に「最も恐ろしい冒険」と記しました。
地球をぐるり。
西回りで旅を続けるエリザベス。
そして東回りのネリー。
2人はアジアの海ですれ違います。
ちょうど地球を半周した辺り。
…とここでこの旅最大の衝撃の事実が発覚します。
こちら香港に着いたネリー。
船会社の職員が突然こう切り出しました。
(職員)ネリーさん…実はネリーこの時までエリザベスつまりライバルがいる事を全く知らなかったのです。
そもそもネリー出発の8時間後それを追う形で急きょ送り出されたのがエリザベス。
ライバル社のいわば便乗企画でした。
この世紀のレースは逐一伝えられアメリカ中が固唾をのんで見守っていました。
ところが先に出発し次から次へと移動を続けるネリーのもとにはその情報は届かなかったのです。
ライバルのエリザベスさんは香港をもう3日も前に出ましたよ。
この勝負エリザベスさんの勝ちじゃないかって職場の連中と話してたんですよ。
まさに衝撃。
旅行記によるとネリーはこう答えました。
2人の伝記を書いたノンフィクション作家のマシュー・グッドマンさん。
この時のネリーの気持ちをこう分析しています。
さあネリーとエリザベス皆さんはどちらが先にニューヨークに帰ってくると思いますか?私ニューヨークの人たちに聞いてみました。
ファイナルアンサー?ファイナルアンサー。
さてさて皆さんの予想は当たるでしょうか?レースの続きです!このままでは負け確定のネリー。
アメリカ西海岸のサンフランシスコを目指します。
そこに立ちはだかったのは…。
逆転するにはこの世界最大の海をできるだけ早く渡るしかありません。
(汽笛)ネリーが乗船したのはオセアニック号。
当時太平洋横断の最速記録を持っていた蒸気船です。
更に味方が現れます。
ネリーのピンチを聞いた船乗りたちがプライドに懸け勝たせてやるというのです。
プライドその1。
その2。
(汽笛)そしてその3。
すごい!今日も記録更新じゃない!船足は快調です。
ネリーさん大丈夫。
この調子でいけば勝利の女神は我々にほほ笑んでくれますよ。
しかし現実は甘くありませんでした。
出航から4日目激しい嵐が行く手を遮ったのです。
レースも佳境。
一方のエリザベスはインド洋を横断しアラビア半島の南アデンに到着していました。
スエズ運河の開通以降アジアとヨーロッパを結ぶ中継地としてにぎわった砂漠の港町です。
そもそもの歴史は古く2,000年以上も前。
エリザベスの旅行記です。
エリザベスはここで生涯忘れられない光景に出会います。
古代の遺跡でした。
険しい岩山を削り貴重な雨水をためるための巨大な貯水池がいくつも並んでいました。
砂漠に生きる人々を潤してきた命の池。
ニューヨークとかけ離れた情景にエリザベスは心を打たれました。
アラビア半島を後にしヨーロッパへ。
エリザベスにゴールが見えてきました。
出発から63日目。
イタリア半島のかかとブリンディジ港に到着します。
ここからは列車に乗り換え陸路でフランスへ。
北部の港ル・アーブルから出る船に乗ればその8日後にはゴールのニューヨークです。
到着までにかかる日数は計算すると73日。
ライバルネリーの計画を2日リードしていました。
しかしこの港の税関で事件が起こります。
カバンを開けなさい。
中にあるものを全て検査します。
エリザベスは抜き打ちで手荷物検査を命じられたのです。
列車の出発まで10分を切っていました。
さあ早く!どうして全部出さないといけないんですか?出しなさい。
それが規則です。
もう時間がないんです!おしとやかなエリザベスもこの時ばかりは…。
…と旅行記に記しています。
問題ありません。
良い旅を。
もう急いでる時に限って!いつの時代も同じなんですね。
さあ2人のレースの行方は?当時の新聞はこう伝えています。
80日をかけた世界一周の大レース。
レースの結果がどうなるか当時のニューヨーク市民は毎日固唾をのんでその行方を見守っていました。
それはワールド新聞が考えたある仕掛けがあったからです。
こちら1889年12月1日のワールドの朝刊。
ここに応募券があるのが分かりますか?ネリー・ブライが世界一周にかかった時間を予想するクイズです。
日数・時間・分・秒まで記入します。
1等賞はヨーロッパ周遊の豪華旅行券でした。
仕掛け人はネリーのボスピュリツァー。
彼のねらいどおり予想クイズは大盛況。
90万通以上の応募券が届いたそうです。
さあいよいよ2人のレースの決着の時がやって来ました。
「歴史秘話ヒストリア」。
税関を何とか切り抜けたエリザベス。
列車はイタリアを北上。
アルプスの山々が見えてきました。
エリザベスが次に乗るのは快速蒸気船「ラ・シャンパーニュ号」。
フランスのル・アーブルから出発しニューヨークまでは8日間の予定です。
蒸気船の出発は明朝6時。
しかし列車は大幅に遅れ間に合いそうもありません。
実はそれを見越してこの時ニューヨークではエリザベスのコスモポリタン社が手を打っていました。
フランスの船会社に大金を支払って船の出発を延ばしてもらう事にしたのです。
ところが途中乗り換え駅での事。
エリザベス・ビズランド様ですね。
私は旅の手配を任されております旅行会社の者です。
ラ・シャンパーニュ号ですが既に出港いたしました。
できるかぎりの事はしたのですが…。
エリザベスを待っているはずの船が出てしまったというのです。
旅の幸運を祈っております。
一体どういう事なんでしょう?エリザベスはやむなくフランスではなくイギリスから出る別の船を目指します。
ところが悪い事は重なるものでイギリスに着いてみると乗るはずの船が運航中止。
最後の手段はアイルランドからの船。
更に遠回りですがこれに賭けるしかありません。
(雷雨の音)それが現実でした。
アイルランドの港は吹き荒れる嵐の中だったのです。
結局遅れに遅れて船は出発。
エリザベスはゴールのニューヨークへと向かいました。
一方ネリーは予定より1日早く太平洋をクリアしサンフランシスコに到着。
アメリカに戻ってきました。
しかしそこにとんでもないニュースが飛び込んできました。
ロッキー山脈で記録的な大雪。
大陸横断鉄道が動かなくなっているというのです。
復旧のめどは立たず長引けば1週間足止めされる事になります。
旅はここまでで68日。
もし7日間足止めされたら75日。
そこから順調に列車が走ったとしても5日はかかる。
つまりエリザベスに勝つどころか「80日間世界一周」という目標すら危うくなってきたのです。
しかし出るはずのない汽車がネリーの前に現れました!あのピュリツァーが手を打っていたのです。
大雪でネリーがピンチと見るやなんと3つの鉄道会社を買収。
雪の影響の少ない…いよいよ…「ネリー・ブライ」。
勝者ネリーを一目見てみたい。
駅には数千人の人が詰めかけました。
(拍手と歓声)世界一周の史上最速記録でした。
ネリーの成功を報じた翌朝のワールド紙です。
並んでいるのはこれまで…7つの海を制覇した…スペイン無敵艦隊を破った…そしてジュール・ヴェルヌの小説…みんなが新記録を打ち立てたネリーに目を丸くしています。
更に空前のネリーブームまで到来!旅をすごろくにしたゲームも発売され爆発的人気を呼びました。
その後もさまざまな商品の広告キャラクターになるなどネリーは一躍アメリカのスターとなりました。
自由の国の女神はネリーにほほ笑みました。
ネリーに遅れる事5日。
エリザベスもニューヨークの港に帰ってきました。
世間はネリーに夢中でエリザベスのゴールはほとんど話題になりませんでした。
その後彼女はどうなったのでしょう?エリザベスの遠縁にあたるサラ・バーソロミューさんを訪ねました。
全国各地を旅しています。
世界一周の旅の翌年エリザベスは作家としてデビューしました。
日本をはじめさまざまな国の文化や歴史そして人々の姿を取材し世に広く伝えたのです。
皆さん旅ってどう思いますか?小説「80日間世界一周」の最後にはこう記されています。
2016/11/11(金) 20:00〜20:43
NHK総合1・神戸
歴史秘話ヒストリア「決着!80日間世界一周」[解][字]

19世紀末のNY。SF作家ジュール・ベルヌが『80日間世界一周』を著した16年後、この小説に挑み、史上最速世界一周を目指した2人の女性たちの冒険旅行が決着!

詳細情報
番組内容
19世紀末のNY。SF作家ジュール・ベルヌが『80日間世界一周』を著した16年後、この小説に真っ向から挑み、史上最速の世界一周記録を目指す2人の女性が現れた!2人は、激しい部数争いを繰り広げる新聞・出版業界の若手記者。東回りと西回り、2人は同じ日に出発し、デッドヒートを繰り広げる。大陸横断鉄道の開通、巨大蒸気客船の誕生、蒸気機関の進歩で一気に小さくなった世界を舞台にした大冒険レースが決着する!
出演者
【キャスター】井上あさひ