よっおこんちゃん!相変わらずべっぴんだね。
(おこん)ありがと。
でも何にも出ないわよ。
磐音とおこん運命の出会いであった。
どいたどいた〜!あっ!うわっ!うわっ!あ…ごめんなさい。
(磐音)いやそれがしこそ。
けがはござらぬか?はい。
あの〜どなたか亡くなったんですか?え?こうしてらしたから。
あっごめんなさい礼儀知らずで。
ただちょいと気になったもので。
空を見ていただけです。
空?この空はどこまでも続いています。
遠く西国に親兄弟がいます。
同じようにこの空を見上げているのかもしれません。
そう。
私こんといいます。
この近くの両替商今津屋で働いてるんです。
坂崎磐音と申す。
「申す」?フフフ。
あっ坂崎様は江戸にはお仕事か何かでいらしたんですか?いえ。
家中を離れ浪々の身です。
これから住む場所を見つけ仕事も探さなくてはなりません。
当てはあるの?いやそれがまるでないものですからどうしようかと思案していた最中なのです。
困ったようには見えないけど。
いえ本当に困っているのです。
坂崎磐音がふるさとを捨て江戸に来たのには深い訳があった。
ここ。
お父っつぁんが差配してる長屋なの。
坂崎磐音と申す。
磐音はふるさとである豊後関前藩で起きた事件によって大切な人たちを失っていた。
琴平慎之輔舞殿。
藩の政を改める夢も奈緒も捨て私は江戸で生きていく事にした。
力を貸してくれ。
こんにちは。
(金兵衛)寝てるよ。
無邪気な顔しちゃって。
坂崎さん。
坂崎さん。
何よ。
おこんお前まさか…。
え?は?は?ちょっと!勘違いしないでよ。
いくらなんでも相手は浪人といってもお侍だ。
だから勘違いしないでって言ってるでしょ。
(金兵衛)あっいやどうも。
はい。
はいはい。
え?坂崎さん仕事ですよ。
これはありがたい。
でもそのなりじゃ駄目。
おこんが奉公する両替商今津屋。
いいですよ。
本当ですか?ええ。
私はこっちの方がず〜っと好き。
お相手しましょう。
由蔵殿店先を汚す。
許されよ。
どうぞご存分に。
江戸有数の大店の用心棒となった磐音は存分に剣の腕を振るった。
お引き取りを。
これほどの剣豪がなぜ浪人に身をやつしているのか人々は不思議に思った。
(吉右衛門)由蔵。
旦那様。
天童卑怯なり!
(天童)ほざけ。
うっ…。
うまいものですね。
深川女はこれぐらい何て事ないの。
はい終わり。
これに着替えて下さいな。
ちょうど合うと思うんだけど。
かたじけない。
この刀傷どうしたの?違ってたら勘弁してね。
この刀傷長屋にあった3つの位牌と関わりがあるんじゃ…。
ごめんなさい。
深川女は腹にためとけない性分で。
いいの言いたくなかったらそれで。
いえ。
それがし友を斬ったのです。
この刀傷はその時のものです。
磐音はおこんに全てを話した。
幼き日からの友である小林琴平たちと関前藩の改革を夢みていた事。
しかし国家老の命令で藩の謀反人とされた琴平を斬らざるをえなかった事。
すまぬ。
奈緒。
武家の習いとして琴平の妹で磐音の許嫁である奈緒と別れざるをえなかった事を。
さらばだ奈緒。
そんなひどい事って…。
それで奈緒様はどうしたの?奈緒様とはそれから…。
会っていません。
今どうしているのかさえ分かりません。
どうして?祝言を間近に控えてたんでしょ?何で放っておくの?何で一人で江戸に?それがしは奈緒の兄を斬った男です。
だからって…。
そのまま置き去りにするなんてひどい。
何で手に手を取って…。
心揺らぐおこんであった。
磐音もまた思い悩んでいた。
なぜあの時奈緒と共に藩を出ていく道を選ばなかったのかと。
この時2人は奈緒がいかなる境遇にあるか知る由もなかった。
・
(金兵衛)坂崎さん。
坂崎さん!よううなぎ割きは休みかい?坂崎さん!しまった!用心棒稼業とは別に磐音にはもう一つ仕事があった。
(松吉)よう慣れてきたからってたるんでんじゃねえのか?相すまぬ。
珍しい事もあるもんだな。
疲れてんなら休んでいいんだぜ。
(松吉)ちぇっ何だよ。
俺が遅れたらボロクソのくせによ。
あっ。
こら松!おめえは何年やってんだ。
うなぎに謝れ。
磐音は朝のひとときここ宮戸川でうなぎ割きをしていた。
そんなある日。
坂崎さん。
お国の人が訪ねてきてるよ。
かつての同志であった。
磐音捜したぞ。
伊織。
磐音は知った。
友である琴平をあやめた事件の真相を。
(伊織)磐音全ては陰謀だったのだ。
何も終わってはおらぬ。
友琴平を謀反人に仕立て上げたのは国家老であった。
磐音そなたの心中察するに余りある。
しかし関前藩危急存亡の時我らが手をこまねいている事は許されぬ。
磐音やるべき事をやろう。
伊織少し時間をくれぬか。
考えたい。
やあ!
(玲圓)磐音何かあったか。
はい。
もはや何の迷いもないようじゃの。
はい。
己の信じた道を進むがよい。
はい。
今は亡き友のために復讐を果たす事を誓った磐音は追われるようにして出たふるさと豊後関前藩に戻り国家老の不正を白日の下にさらした。
静まれ!上意である。
(一同)ははあ!その日江戸は雨であった。
(お艶)おこん。
(お艶)おこん。
あっはい。
どうしたのですか?ぼんやりとして。
申し訳ありません。
関前も雨かしら。
べ…別に私は坂崎さんの事なんか。
誰もそのような事は言ってませんよ。
いいではありませんか。
奈緒様の事があろうと心の中で坂崎様の無事をお祈りするのはあなたの勝手です。
はい。
磐音が江戸にたつ日。
(中居)奈緒殿の事だが関前を出られた。
関前を?どこぞ奉公に出たという話でしたが。
わしもそう思っていたんだが奈緒殿の父上が再び病に倒れ窮乏に追い込まれたあげく遊女屋に身売りしたと聞いた。
1年後江戸では人気の花魁のお披露目が行われた。
それにしてもすごい人ですね。
そら読売にも出たぐらいですからね。
おっ来ましたよ!この白鶴太夫こそが花魁となった奈緒だった。
あのお方が…。
美しい。
それにしても坂崎さんは一体…。
どこかで見てる。
きっとどこかで奈緒様を守ってる。
(悲鳴)
(弥平)その女の顔に名古屋のメンツにかけて傷の一つもつけてやらあ。
やっちまえ!ああこれはこれはハハハ!ご趣向でございますね。
その日の夕刻。
女将殿か。
・お久しぶりでございました。
奈緒であった。
磐音様。
いつかこのような日が来ればいいと念じておりました。
いつか必ず…このような日が来ると。
夢がかないました。
・何を言う。
それがしはそなたと共に見るはずであった夢を自らの手で潰してしまったのだ。
夢は夢。
ただ幼き頃の望みが果たされなかっただけでございます。
あのころはそなたの兄の琴平もいた。
舞殿も慎之輔もおった。
無心に願えば望みはかなうと思うていたが…。
・お家の事情とはいえそれがしが琴平をあやめてしまった。
そのせいでそなたにはさせずともよい苦労を背負わせてしまった。
何を言われます。
苦しんだのは磐音様も同じではございませぬか。
今ようやく…ようやく会えました。
磐音様。
奈緒は…奈緒は…。
開けてはならぬ!夢を見た。
陽炎のに立ち別れを告げるそなたの夢を。
我らは生まれた時から別々の道を歩む運命であったのだ。
磐音様…。
そのころ膨大な借財を抱えた関前藩は海産物の貿易に活路を見いだしていた。
物産取り引きの実現に一肌脱いだのが磐音が懇意にしている今津屋だった。
それにしても嵐で他国の船がさんざんな目に遭ってると聞いた時は肝を冷やし申した。
いやしかし中居様こたびの事はご家中にとってもっけの幸い。
他国の品が入らなければ関前の物産は高う売れます。
これも若狭屋に引き合わせて頂いた今津屋殿元締殿のおかげ。
礼を申す。
いやいやなんの。
お家勝手向きの立て直しに私どもがお役に立ちたいと願ったのは坂崎様がおられたればこそです。
そうであった。
坂崎このとおりだ。
おやめ下さい中居様。
少しでもお家の借財が減らせる事ができればそれがしはそれで本望なのです。
今津屋からの帰途。
(利高)止めい。
(利高)国家老坂崎殿の嫡男とはその方か?
(棟内)江戸家老の福坂利高様じゃ。
お主お家を自らの意思で抜けた身の上でありながら江戸屋敷の勝手向きにいまだ口出ししてるそうな。
いえそのような…。
(利高)黙れ。
わしの目が節穴とでも思うたか。
よいか。
以後屋敷に出入りする事はまかりならん。
物乞いなら裏口へ回れ。
出せ。
関前藩の国家老となった磐音の父にむき出しの敵愾心を抱く江戸家老利高。
新たなる争いの種が芽吹き始めていた。
参りました。
磐音は物産会所組頭となった中居半蔵に招かれた。
まずは一番船の首尾が上々であった事おめでとう存じます。
(中居)うむ。
これほどの高値になるとは思わなかった。
その事を先日その別府と共に江戸入りなされた殿様に早速お知らせしたところいたく喜ばれておられた。
実高様はご壮健であられますか?うむ。
お主にも礼を言っておいてくれと言われた。
めっそうもない。
今宵ぐらいは祝い酒もよかろう。
(伝之丈)そうです。
江戸家老の利高様などは毎晩のように出かけられておるのです。
これぐらい罰は当たりません。
坂崎。
その利高様が近頃さるお方の屋敷に出入りしそこの用人殿と何度も会われておられる。
さるお方とは?老中の田沼意次様よ。
江戸家老がお家のために田沼様と会われる事もあろう。
だがそれだけではないような気がしてならん。
またぞろ家中に騒動でも起こったらあのお方を推挙されたお主のお父上にも累が及ばぬとも限らぬのだ。
その時は…分かるな坂崎。
(伝之丈)何者だ!伝之丈。
中居様をお守り致せ。
はっ!伝之丈!・火の用心!
(尾口)引け!坂崎。
あの男…。
江戸家老利高の家臣尾口であった。
(利高)そうか。
申し訳ありません。
(利高)済んだ事はしかたがない。
だが中居半蔵という男目障りこの上なし。
あやつは目付の折に宍戸文六を失脚せしめた男だ。
坂崎磐音も関わっていたと聞いております。
あやつも目障りな男よ。
中居ともどもいつか必ず始末せい。
よいな?尾口。
アサリや〜シジミ〜。
おこんは磐音への思いを募らせていた。
その思いは胸にしまい込まなければいけないとおこんは思っていた。
実はな屋敷で一つ動きがあった。
殿が利高様に外に出るのを控えよと申し渡されてな。
殿が?よいか利高。
家を挙げて借財を減らそうとしておる大事な時じゃ。
外に出てばかりでは家中の者に示しがつかん。
江戸家老としていろいろとござれば…。
老中田沼様の屋敷に通いまいないを遣う事が江戸家老の仕事か。
さすがは殿ご存じでしたか。
しかしそれもこれもお家のため。
お家のため?利高!今家中は質素倹約を旨とし江戸と関前を結ぶ物産会所の仕事がようやく実を結び始めたばかりじゃ。
その事にございます。
何?殿。
江戸と関前とではあまりに離れ過ぎておると考えた事はございませぬか。
天候の具合で船が沈んだりすればそれこそ全てが水の泡。
ならばもっと安全に借財を減らす手だてを講じる事こそ肝要かと。
そのような手だてがあれば…。
ございます。
関前の物産を長崎でさばけばよろしいのです。
長崎とな?
(利高)さよう。
江戸に運ぶよりも日にちがかからず費用も心配も少のうて済みます。
さすれば扱い高が増え更にもうけを増やす事ができます。
長崎は公儀の御料。
我が藩がじかに商いをする事は禁じられておる。
それゆえ仲間組合に入るためには老中の田沼様のお力をお借りせねばならずあちらの用人殿と談合しておった次第。
だがしかし今は動いてはならん。
江戸と関前の物産会所の仕事をする者どもの士気に関わる。
長崎会所の一件独断で進めてはならんぞ。
ですが…。
(実高)よいな利高。
しかと申しつけたぞ。
はっ。
(中居)何が長崎会所だ。
いくら田沼様のお力にすがったところで失敗すればそれこそ宍戸文六の二の舞だ。
江戸家老が田沼様に近づくのはほかに訳があるような気がしてならん。
中居半蔵その命もらい受ける。
おのれいつから刺客に成り下がった!覚悟召されい。
待たれよ。
(尾口)おのれ坂崎磐音。
お家を離れておきながらいらざる口出しばかりしおって。
だがそのしたり顔も今宵限り。
わしを殺して江戸の会所を乗っ取ったあげく長崎でもうけ隙あらばお家を意のままにする腹積もりか利高様は。
尾口小助左利きを隠すとは卑怯なり。
中居様あとはそれがしが。
坂崎すまぬ。
坂崎さん何ですか辛気臭い顔して。
人とはなんと欲張りなものなのかと思いまして。
え?上に立てば立つほど力を欲しがり金を欲しがり仕える者までそのまねをし道を誤ってしまう。
悲しいものです。
何だかよく分からないけど分相応って事じゃないですか?身の丈に合った暮らしをしてりゃそれでいいんですよ。
ねえ。
はい。
よいのです。
おこんの言葉が心にしみた。
お?坂崎さんいらしたんですか。
本日は7のつく日ですからうなぎ割きはお休みです。
それよりもお珍しい。
どてらではないのですね。
実はね坂崎さんだから言うんですがね今日はねおこんの見合いなんですよ。
言ったでしょ酒問屋の一人息子。
死んだばあさんの法事にかこつけて。
ではおこんさんはその事は…。
こうでもしなきゃねあいつの事だ言い繕って来る訳がねえ。
これまでにしよう。
ありがとうございました。
(玲圓)なんぞあったのか。
いえ。
そなたはいつも人に優しく全てを受け入れようとする。
だが人とは時には己の心の赴くままに生きていく事も大切なのではないかの。
寂しければ泣き悲しければ我を忘れ怒りたければ叫ぶ。
それも人よ。
心を自在に広げて素直になる事も大切じゃ。
見合い!?坂崎様ちょっと…ちょっとこちらへ。
ちょっと。
今朝方金兵衛殿にお聞きしました。
酒問屋の一人息子殿とかで。
まあそれはそれとして。
坂崎様。
は?あなた様はおこんさんが嫁に行ってもよいとお考えですか。
元締殿。
それがし…。
奈緒様に義理立てをするのはもうおよしなさいませ。
自分の気持ちに正直に生きる。
これもまた人の道でございます。
佐々木道場の玲圓先生にも同じような事を言われました。
さようですか。
(雷鳴)あ〜一雨来ますかな。
帰りが遅いと元締殿が心配しておいででした。
こら坂崎磐音。
私が見合いする事知ってたそうね。
金兵衛殿に聞かされていました。
今日だとは知りませんでしたが。
なぜ止めてくれなかったの?それは…。
どうせ私を嫁に行かせたいって思ってたんでしょ。
お父っつぁんとおんなじように。
そのような事あろうはずもない!え?ですが…金兵衛殿の気持ちを思ったら止める事はできませんでした。
ばか!あっ!見合いはいかがでござった?知るもんですか。
私はただおっ母さんの法事に行ってきただけです。
もう行かなきゃ。
送ります。
はい。
心の声「父上母上いかがお過ごしですか。
私は江戸の空の下長屋の人々に囲まれ毎日を過ごしております」。
磐音は故郷の両親に向けて手紙を書いた。
久しく会っていない父と母であった。
お父上が江戸に。
はい。
次の関前からの船に乗ってくるそうです。
ほう〜。
おこんさんどうなさいましたかな?え?あ…何だか急な話で。
坂崎さんのお父上が来られるなんて思ってもみなかった事だし。
どうしましょう私。
あの…何年ぶりのご対面ですかな。
3年ぶりになります。
あっまさかお父上坂崎様に家督を継ぐように説得に来られる訳ではありますまいな。
え?そうなの?そうなったらお国元に戻るんですか?そのような事はありません。
間違いはありません?はい。
それよりおこんさんに一つお願いしたい事があって本日はまかり越したのです。
えっ何ですか?急に改まったりして。
日頃よりお世話になっている今津屋のおこんさんに佃島へ同道して頂き父に会ってもらいたいのです。
(由蔵)それはよろしゅうございますな。
おこんさん是非行ってらっしゃいませ。
こうやってせっかく坂崎様がお誘い下すってるんですぞ。
でも…。
駄目ですか?そうじゃなくて。
いいんですか?私なんかがご一緒して。
是非そうして頂きたい。
お願い致す。
(由蔵)おこんさん。
うん?はい。
ではそうさせて頂きます。
・
(おそめ)おこんさん坂崎様がいらっしゃいました。
はい。
鉄五郎でございます。
坂崎様にはいつもお世話になっております。
(正睦)いやいやせがれの方こそ世話になっておる。
めっそうもねえ。
今日はうちのうなぎをたっぷりと召し上がって下せえ。
おこんさん今日はいつにも増してべっぴんだねえ。
おだてたって何も出ませんよ親方!じゃあ舟へご案内致しやす。
お父っつぁん!ど…どうしてこんなとこに?それがしが無理を言ってお呼び立てしたのです。
え?父上。
おこんさんの父御金兵衛殿にございます。
それがし坂崎正睦磐音の父親にござる。
え〜どうも金兵衛でございます。
いえねあっしはあの今日はおこんの招かれた席に父親まで呼ばなくていいってお断り申し上げたんですが何せ坂崎様がどうしてもって申しますんで。
へい。
来るならひと言言ってくれりゃあいいのに。
しょうがねえじゃねえか。
今日だって今日言われたんだぞ。
しょうがないってどういう事よ。
まあまあまあまあ。
こんな所で親子げんかしたって始まらねえでしょ。
さあさあ参りましょう。
さあさあどうぞ。
(正睦)磐音の事は家の者皆が心配致しており申した。
こうして会う事ができ心より安堵致した。
今津屋殿はもちろん金兵衛殿おこんさん鉄五郎殿皆さんのおかげと思うておる。
いや〜めっそうもねえ。
なあおこん。
もったいなきお言葉でございます。
あっそれからなおこんさん。
これは…。
家内の照埜からおこんさんに差し上げてくれと手渡されたものじゃ。
え?これをおこん殿にか?
(照埜)はい。
この帯は当家に嫁入る時岩谷の母から渡されたものです。
義母上から。
里方の先祖が長崎に旅した折手に入れたそうにございます。
これを磐音が世話になっておるおこん殿に差し上げたいのです。
くれぐれも母がよろしく申していたと。
このような大事な品を私が頂いてよいのでしょうか。
磐音のな母の気持ちじゃ。
受け取ってもらいたい。
よかったなあおこん。
うん。
それとなあもう一つ金兵衛殿。
へ?金兵衛殿はおこんさんの婿選びに走り回っておるとお聞き致したが。
殿様よく聞いて下さいました。
「親の心子知らず」と申しますでしょ?ついせんだってもね頃合いの見合い話をけんつく食らわしやがったんですよこの娘は。
ちょっとなんて口きいてんのよ!
(金兵衛)だって本当じゃねえかお前。
ならば磐音をその婿選びの一人に加えては頂けぬかな?父上。
へ?どういう事で?おこんさんを磐音の嫁にもらいたいと申し上げた。
へ?あ〜ごご…ご冗談を。
ハハッ。
おこんは深川生まれの町娘ですぜ。
それに坂崎様はお武家様。
しかも国家老様のご嫡男。
そのような「月とすっぽん」「提灯と釣鐘」身分違いってやつでございますよ。
いやいや金兵衛殿差配の長屋に住み暮らすせがれは浪々の身にござる。
(金兵衛)あいや〜いやいや〜しかし…。
こんな跳ねっ返り親も手を焼く娘ですぜ。
後から文句あったってあたしゃ知りませんよ。
それがしどんな事が起ころうとおこんさんに誠心誠意尽くします。
(金兵衛)おこん…。
殿様この酒飲んでもよろしゅうございましょうか。
飲めば約束なったという事にござるぞ金兵衛殿。
ええいしゃあねえ!坂崎さんどうぞお持ちになって下さいまし。
金兵衛殿。
お父っつぁん。
さあさあ皆さん冷めねえうちに召し上がっておくんない。
(正睦)頂こう。
おお!これはうまい。
はい。
(金兵衛)え〜い食っちゃう。
(金兵衛)泣きながら食いなさい。
はい。
その帰り道。
駕籠屋殿止まってくれぬか。
へい。
へい。
いかがした?どうやら待ち人がおるようでございます。
何?江戸家老利高であった。
(正睦)利高殿。
それがしの駕籠の前に立ち塞がるとはいかなる所存かな?坂崎正睦磐音その方らの命もらい受けた。
それがしの命を取ったところで何になる。
既に殿は全てを知っておられる。
無駄じゃ。
(利高)黙れ!このまま手をこまねいておれば明日にも切腹を言い渡す腹積もりであろうがそうはいかん。
我が志のためには邪魔な者は斬る。
実高とて同じ事。
やくたいもない事を。
志とはお家の金子を私する事ではあるまい。
政のためであった。
それが分からぬあほうどもは残らず成敗してくれよう。
お家を立て直すのはこのわしじゃ。
そなたを江戸家老に推挙したのはそれがしのしくじりであった。
この上は是非もない。
磐音この場で引導を渡すがよい。
はっ。
尾口やれ。
無くなった左腕が毎晩うずいてたまらぬわ。
お主の命が欲しいと言ってな。
ここで死ぬ訳にはまいらぬ。
直心影流お目にかける。
臆するな!参る!お覚悟召され。
下郎下がれ!江戸家老利高の野望はついえた。
正睦。
3年前関前城下を騒がせた一件忘れてはおらぬな。
はっ。
(実高)こたびこそ根絶やしに致さねば三たび騒ぎが生じる。
半蔵!目付を指揮致し利高にくみしている家中の者を一人残らず捕縛致せ。
手向かう者は斬って捨てい!はっ。
磐音はおるか!はっ。
御前に。
磐音。
こたびの事そなたに関わりなき事とは言わせん。
半蔵と同道し一党を捕縛致せ。
わし自らが裁きを下す。
はっ!藩の粛清は直ちに行われたが背後にいる老中田沼意次の影はいまだ消えぬままであった。
そんなある日。
過日そなたにこれからの行く末を決めよと申した事があったがどうじゃ。
まだ決めおらぬなら我が道場を継いではみぬか。
思いつきで言うておるのではない。
私ももはや若くはない。
そなたは私が手がけた門弟の中で技量第一。
見識も礼儀もわきまえておる。
私の養子となりこの道場を引き継いではくれぬか。
そのような事それがしゆめゆめ考えた事もなく…。
では聞こう。
そなた豊後関前に帰り坂崎家を継ぐか。
いえ。
お家の騒動の折それがしは家中を抜け出ております。
父もそのような事許しはせぬでしょうしそれがしもそのようなつもりはございませぬ。
ならばそなたを大切に思うてる今津屋はどうじゃ。
恐らくなんぞこれからの事を考えておるであろう。
磐音そなた剣を捨てられるか。
それは…。
無理であろう。
ならば聞く。
何もせずまだこのまま市井の裏長屋の暮らしを続ける気か。
それでよいのか。
先生。
それがしこれまでにやむにやまれず人を斬り命を絶った事もございます。
かような汚れを持つ身のそれがしが先生の道場を継ぐなどできましょうや。
そなた自ら望んで人を斬ったか。
それはございません。
であろう。
磐音。
殺人剣と活人剣は紙一重。
それさえ承知ならば誰もそなたを責めはせぬ。
それはつまり…。
(武左衛門)佐々木玲圓殿の養子になるというのか。
いえまだ決まった訳ではありません。
それはいいお話ではありませんか。
なあ旦那!神田三崎町直心影流佐々木道場のあるじ殿か。
大層な話だ。
だがおこんさんはどうなる。
おこんさんは町娘だ。
そう簡単に武家には嫁げまい。
坂崎さんあんたおこんさんを置いて道場を継ぐ気なのか?深川からスタコラサッサと出てく気なのか?
(由蔵)いや坂崎様も今おっしゃったようにまだこの話は決まった訳ではございませんから。
馳走になった!
(柳次郎)旦那何を怒っておるのだ。
怒ってなどないわ!磐音は迷った。
玲圓の養子になり佐々木道場を継ぐべきかどうか。
おこんは私どもにとって身内のようなもの。
いずれ所帯を持つとして生計はいかがなされますか。
(由蔵)坂崎様は今津屋の後見。
刀をそろばんに持ち替えられたとしてもおかしくはございません。
おこんさんを幸せにするのがお主の務め。
安穏と今までのような暮らしを続けていてはいかん。
(玲圓)私の養子となりこの道場を引き継いではくれぬか。
分かりました。
必ず…必ず…こんのもとに帰ってきて下さいまし。
田沼一派が放った刺客であった。
(四出)坂崎磐音。
死ぬ時よ。
お主…何者。
答える義理はないわ。
坂崎さん…。
早く!
(由蔵)あ〜そ〜っとそっと。
急いで!坂崎さん!坂崎さん!本当に養子に行くんですか坂崎さん。
本当に私でいいんですか?坂崎様はお武家様私は深川育ちの町の女。
本当にいいんですか?私なんかで。
今だってこのまま坂崎さんがいなくなったらどうしようって心細くて心細くてどうしようもないのに…。
こんな事がずっと続いたら私どうしたらいいんですか。
ねえこんなんで坂崎さんのそばにいる事が務まると思う?ねえ答えて。
ねえねえ…目開けて下さい。
お願い。
お父っつぁん。
おこん。
坂崎さんの具合はどうだ?まだ分からない。
まだ目が覚めないの。
そうか。
こいつを…。
深川不動尊のお守りだよ。
もっともこれは病退散のお守りなんだけどな。
きっとけがの方も一緒に治して下さらあ。
なあ。
お父っつぁん。
おいおいどうした年がいもなく。
大丈夫だよおこん。
坂崎さんはきっと治る。
長屋のみんながな祈ってるからよ。
(口々に)お願いします。
(はつね)助けてあげて下さいまし。
お願い致します。
3日目の夜が明けようとしていた。
おこんさん。
おこんさん。
あっ坂崎さん!喉が渇きました。
はい。
うまい。
心配をかけました。
本当よ。
けどよかった。
よかった。
磐音の心は決まった。
おこんさん。
それがしおこんさんが嫌と言うのであれば…。
お主を斬る約束をし金をもらった。
覚悟。
おこんさん下がっていて下さい。
うあ〜!田沼意次と対決する日が来ると磐音は思った。
それは避ける事のできない運命であると。
その夜磐音は父に手紙をしたためた。
おこんを改めて父と母に紹介するために豊後関前に赴くと。
お父っつぁん体に気を付けるのよ。
それはこっちの言うせりふだ!ばか野郎めが。
(幸吉)おこんさん元気で帰ってきてね。
浪人さん頼んだぜ。
はい。
では。
(口々に)行ってらっしゃい。
仲よくね!気を付けてまいれよ。
仲よくな!大丈夫でござるか。
平気です。
まだまだこれからじゃありませんか。
その意気です。
それがしは幸せ者です。
おこんさんと旅ができる。
何ですか急に。
人とは誰かに会うために生まれてくるのだと思います。
それがしにとってそれはおこんさんでした。
私も同じです。
坂崎さんと会うために生まれてきた。
誰かに会うためその誰かを守るため人はこの世に生を受け生きていく。
磐音とおこん日の光漂うその道を今2人で歩こうとしていた。
さあ戻りますか。
はい。
2016/12/30(金) 19:30〜20:43
NHK総合1・神戸
陽炎の辻 剣豪復活!〜居眠り磐音 江戸双紙[解][字]
「陽炎の辻」の軌跡を73分に凝縮。国許・豊後関前藩を追われた坂崎磐音(山本耕史)は、後に妻となるおこん(中越典子)や仲間と出会うが、田沼意次一派と敵対していく。
詳細情報
番組内容
2007年から2010年まで放送し人気を博した「陽炎の辻」の軌跡を、73分に凝縮して特集ドラマとして放送する。国許・豊後関前藩を追われ、許婚・奈緒(笛木優子)とも別れ江戸へ流れ着いた坂崎磐音(山本耕史)は、後に妻となる町娘・おこん(中越典子)を始めとする人情味溢れる仲間たちと出会う。磐音は「居眠り剣法」と評される剣の凄腕で、はびこる悪を退治していく。いつしか磐音は、時の権力者・田沼と敵対していく。
出演者
【出演】山本耕史,中越典子,檀れい,小松政夫,近藤正臣,笛木優子,鶴見辰吾,榎木孝明,平泉成,中村梅雀,渡辺いっけい,宇梶剛士,林剛史,石井トミコ,悠木千帆,西尾まり,瓜生美咲,原田夏希,中本賢ほか
原作・脚本
【原作】佐伯泰英,【脚本】尾西兼一,あべ美佳
音楽
【音楽】佐藤直紀