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字幕書き起こし 歴史秘話ヒストリア「きもの 千年のトキメキ」 2017.01.13

お正月といえば…特別な日はやっぱり着物。
今夜は日本人と着物千年の物語です。
一枚の真っ白な着物。
実はこれが…千年の時の流れの中で華やかになっていきました。
着物の進化その立て役者が…信長の時代着物は一気に絢爛豪華に!
(信長)着てみよ。
はっ。
似合うてるではないか。
信長は戦国のファッションリーダーだったのです。
もっとこまやかで色も鮮やかな小袖が欲しいなあ。
そうやそうや。

 

 

 


町娘のかわいい着物を着たいという願いが究極の技を生み出します。
最新の科学と伝統の職人技が出会った時日本の着物に革命が!あっ!こ…これや!トキメキに満ちた日本の着物。
千年の旅が始まります。
日本と言えば着物。
伝統の着物と言って思い浮かぶのは…。
平安の女性たちを美しく彩っていました。
でも現代の私たちが着ている着物とは随分違います。
実は日本の着物は歴史上3回大変身を遂げてきました。
その最初まずは戦国時代です!やって来たのは京都。
今も昔も着物文化の中心地です。
そこで突然ですが…こちらの肖像画ご存じでしょうか?織田信長の妹で戦国一の美女と言われるお市の方です。
このお市の方の着物に日本の着物の大変身のカギがあるという事なんですが…。
こんにちは。
あっこんにちは。
今日は私がご案内をいたします。
案内役はこちら!着物の歴史の第一人者…河上さんによるとお市の着物を実際に見られるんだとか…。
こんにちは。
(河上)お邪魔いたします。
それがねお市の方の衣装といいます…装束。
ほんとに肖像画とそっくりの柄ですね。
色鮮やか!当時の素材や技法をもとに専門家チームが完全復元したものです。
上質の絹が美しい光沢を放っています。
天下人の一族しか着る事ができない大変豪華なものです。
河上先生によると…昔は着物の事を「小袖」というふうに呼んでます。
それはこういうふうに袖口が詰まってて袖が小さいんです。
着てみると確かに袖口が狭い。
だから動きやすい!ほんとに軽くてこう…お洋服の感覚とあんまり変わらない。
腕なども動きやすいですね。
着心地がいい小袖。
でももともとは意外な用途に使われていました。
平安時代の絵巻を見てみると…。
皆袖口が広くゆったりとした着物を着ています。
これは…そしてその下に着ているのが小袖です。
実は小袖は下着だったのです。
この小袖を下着から最先端のファッションに生まれ変わらせた男が…。
戦国の英雄…教科書でもおなじみの肖像画を衣装に注目して見てみましょう。
「肩衣」と言われる紋付きの下に着ているのは…。
真っ白な小袖!信長は下着扱いだった小袖を堂々と表に着てみたのです。
そして更に…。
こちらには信長の小袖へのなみなみならぬこだわりが隠されています。
8年前この肖像画を修復した時元は別の色だった事が分かりました。
なんと小袖の右と左は別の色だったのです。
信長は右半身と左半身が色違いの「片身替わり」という派手な小袖を着こなしていました。
信長は当時のはやりの…とにかくおしゃれだった信長。
その妹・お市の小袖もすてきですよね。
何色もの糸を生地に織り込む事でファッショナブルな模様になります。
実際に織るところを見せて頂きました。
専用の道具織り機を使って特別な方法で色糸を織り込みます。
例えばこの部分。
どうやって織っているのかというと…。
裏側は複雑に糸が組み合わさっています。
黄色い模様の作り方はこんな手順です。
赤い縦糸を3本上げその下に黄色の糸を通します。
次は上げる縦糸を2本にしてそこに糸を通します。
そして最後は1本だけ上げて糸を通します。
それを表から見るとこんな模様になるんです。
この複雑な糸の上げ下げは現在コンピューターがコントロール。
でも当時は一体どうやっていたんでしょう?これですか?大きいですよね!
(河上)これが江戸時代まで使われていた紋を織り出す機なんですよ。
高さ4メートル近くもあります。
しかも…。
この写真をご覧下さい。
これは明治時代になってからなんですけれども…こちらの方を見つめているようですが。
(河上)タイミングがありますから…息を合わせて織ってたんですね。
(河上)全て人力です。
なんと2人がかり。
上と下とでピッタリ息を合わせ織り上げています。
信長の愛した小袖にはすごい技が使われていたんです。
ファッションリーダー信長のおかげで小袖は一躍大流行。
家臣もまねを始めます。
上様いつにもましてご壮健のご様子。
後の天下人秀吉が信長に仕えていた頃お歳暮に取って置きのプレゼントをしています。
(秀吉)それがしの歳暮はこれにて…。
(信長)小袖か…なかなか見事だな。
(秀吉)へへぇ。
これに劣らぬ美麗なる小袖をあまたこの唐櫃に納めておりまする。
秀吉のお歳暮はなんと二百枚もの小袖。
「これほどすばらしい贈り物は古今に例がない。
誰もが皆驚嘆した」。
信長は大満足だったと記録は伝えています。
秀吉がこの時献上した小袖はどんなものだったんでしょう?実はその手がかりが残っています。
秀吉の妻・おねが晩年暮らしていた高台寺。
そこに伝わる「打敷」です。
打敷とは仏像を飾るための大きな敷物の事。
実はこれおねの侍女が着ていた小袖を打敷に仕立て直したものと考えられます。
赤と白あさぎ色の下地に鮮やかな桜が…。
この桜の幹や花は全て刺しゅう。
ぜいたくな作りです。
(後藤)この桜も大きくしてるしおしゃれですね。
当時の女性たちのセンスというものがしのばれます。
今は真四角の打敷元の小袖に再現すると…。
模様を手がかりに断片を一からつなぎ直します。
なんと1本の桜を背中に背負った大胆なデザインの小袖でした。
枝には満開の花が咲き誇ります。
よみがえった小袖は世にも華やかなものだったのです。
下着だった小袖が信長のセンスでファッショナブルに!これが戦国時代の着物の大変身でした。
美しい着物の誕生にあの信長がファッションリーダーとして関わっていたんですね。
さて実は私今日特別な着物をお借りしています。
…といいます。
信長の妹・お市の孫で天皇家に嫁いだ女性が着ていた着物を復元したものです。
こちらの肩の部分は「波」。
浜辺の風景をデザインしたと言われています。
こちらの部分は魚を捕る「網」。
細かい模様は「鹿の子絞り」という手間のかかる技法で表現されています。
そして金色に光っている部分は全て金糸を使った刺しゅう。
漢字もデザインの一部になっています。
斬新なデザインと最高の技術が組み合わさって豪華絢爛に大変身した日本の着物。
このあと更に繊細な美しさを獲得していく事になります。
「歴史秘話ヒストリア」。
続いての舞台は江戸時代の京都。
5代将軍徳川綱吉の時代。
再び着物の大変身が始まろうとしていました。
主役は裕福な町人の娘たち。
お姉ちゃんこの小袖ええなあ。
え〜う〜ん…それはどうやろなあ。
え〜。
夢中になっているのは当時のファッションブック…しゃれたデザインを集めたものです。
おしゃれしたいという女心はいつの時代も同じ。
お宮ちゃんこっちの方がええで。
この模様見てみぃな。
うちうっとりするわ。
江戸時代になると天下人だけでなく裕福な町人たちもおしゃれな小袖を着るようになりました。
こちらは当時の町の様子を描いた絵です。
「近頃都では…」。
皆さん華やかですねえ。
でもこんな時代は長くは続きませんでした。
(雷鳴)江戸城では幕府の偉い人たちがカンカンだったのです。
町人どもがぜいたくな小袖を着るのを許すわけにはゆかぬ!けしからん!町方風情が。
武士より豪華な着物を着る事は許さない。
町人がぜいたくな着物を着る事を禁じるお触れが出ます。
きれいな刺しゅうなどは御法度!これでは地味〜な着物しか作れません。
着物の進化ピンチの時を迎えます。
お姉ちゃんお姉ちゃん!大変や!あかんてお上があかんて!何があかんの?金糸の刺しゅうも鹿の子絞りもお上があかんて。
え!そら大変や。
せっかく作ろうと思うた小袖が作れへんやん。
これもあかんこれもあかんこっちもあかん!
(2人)どないしよ!そこへ救世主が現れます。
おっちゃんきれいな絵描いてんなあ。
へえ。
ちょっと見てもええか?ええどうぞどうぞ。
このおじさん…実はおしゃれ着物の革命児だったのです。
友禅さん元は扇に絵を描くすごい名人でした。
これは友禅が描いた扇夏草に飛ぶ蛍。
繊細な自然の情景を写し取る天下一品の技の持ち主でした。
おっちゃんこの絵小袖に描いてみぃな。
え?なあ?それええわ。
きっと売れるでおっちゃん!刺しゅう禁止の世の中で友禅の技が生きてくる事になります。
生まれたのが友禅のデザインを染めで表現する「友禅染」。
こちらは京都の上賀茂神社で行われる競馬の様子を描いた友禅染です。
馬の駆ける勇壮な姿が染めで表現されています。
この友禅染実はすごいんです。
染めなのに洗っても色落ちしない特殊な技が用いられているのです。
河上さんと友禅染の職人さんを訪ねてみました。
こんにちは。
お邪魔いたします。
(河上)あっどうもご無沙汰してます。
ようこそおいで頂きまして…。
ここで友禅染の最も大事な工程を見せてもらいます。
専用の道具で下絵に沿って黒い縁取りを置いていきます。
これは糊。
糸のように見えるので「糸目糊」といいます。
この作業が友禅染の肝。
詳しく見てみるとまず生地に下絵を描きます。
その上に縁取りの糸目糊を置いて間に色を塗っていきます。
最後に糊を取るときれいな模様が浮かび上がります。
これは花びらが5枚で桜なんですけれども…。
春の衣装です。
糊に色がついていますけれどもこれは何で出来ているんですか?
(諸頭)これは墨ですね。
後で説明しますが塗った色は色落ちしません。
そしてこの糸目糊には塩を混ぜてあります。
(諸頭)ちょっとなめてもうたら。
あっよろしいんですか?
(諸頭)手でこうちょんとつけて。
これちょんと失礼します。
ほう…伸びますね。
いただきます。
ん?ん!?どうですか?
(河上)しょっぱい?この塩にもちゃんと意味があります。
糸目糊で縁取りした生地に色を塗っていくのは別の職人さん。
この工程を「色を挿す」と言うんだそうです。
絵の具は江戸時代から使われている天然素材。
着物の生地とよくなじみます。
赤い色はカイガラムシの巣から抽出したもの。
青い色は藍染めなどに使われる藍を固めたものが元になります。
そして黄色はフクギという木の樹液を固めたもの。
この赤青黄の三原色と墨を使ってあらゆる色が生み出されていました。
さてここで色落ちしない秘密をご紹介。
それは…。
この豆汁という大豆を搾った汁。
絵の具にこれを混ぜるんです。
そして色を塗る時炭火であぶります。
洗っても色落ちしなくなるのです。
こうして江戸時代色鮮やかな模様を刺しゅうではなく染めで表現する技友禅染が生まれました。
「刺しゅうは駄目!」って言われてもおしゃれな着物を着たい!そんな娘たちの願いが日本の着物に再び大変身をもたらしたのです。
今日のテーマは着物。
というわけで今度は友禅染の着物をお借りしました。
江戸時代の裕福な商人の娘たちの間で流行していたものをモデルにしたものです。
たくさんの花が着物全体にあしらわれています。
緑の地色に赤やオレンジ青や紫などさまざまな色が…。
友禅染のおかげで着物は織りや刺しゅうより安くなったんですがまだまだ普通の庶民には手が出ないお値段。
でもおしゃれしたい気持ちはみ〜んな同じ。
そこで日本の着物は更に生まれ変わります。
「歴史秘話ヒストリア」。
かつては宿場町として栄えたこの町。
しまってありますんで…。
ここには100年以上前の着物など数千枚が受け継がれています。
こんなにたくさんの着物一体何に使うのかというと…。
答えはこちら!歌舞伎です。
「地歌舞伎」と呼ばれ昔から地域の人たちによって演じられてきました。
実はこの役者さんたちが着ている着物に3つ目の大変身のヒミツが秘められています。
(セリフ)この100年ほど前に作られた地歌舞伎の衣装。
美しい友禅染ですが実は江戸時代のものとは少し違う方法で作られています。
お値段はこれまでの友禅染の10分の1以下なんだとか。
つまり100年ほど前おしゃれな着物は…でもどうしてそんな事ができたんでしょうか?秘密のカギは海の向こうイギリスにありました。
1856年日本の着物に大変身をもたらす運命の発明が!ある若い化学者が当時問題になっていた熱病マラリアの特効薬を作るため実験をしていました。
う〜んこれを混ぜてみるか…。
すると偶然色鮮やかな紫色の液体が生まれたのです。
おお!それが…この化学染料が日本の着物を変身させる事になります。
その後新たな化学染料が次々発明されます。
天然染料より安く大量生産が可能。
日本にもすぐ輸入されるようになりました。
そして明治の初め。
この化学染料を使って美しい着物を作る事に挑む職人が現れます。
京都で生まれ育った広瀬はもともと友禅染の名人でした。
心の声この新しい化学染料を使うたらみんながびっくりするようなきれいな着物が安う作れるんちゃうやろか。
広瀬は50歳を過ぎてこの化学染料に取り組みます。
ところが…友禅染に化学染料を使っても結果はさんざんでした。
化学染料は糸目糊の縁取りを越えて広がってしまい模様になりません。
更に生地に色を定着させる方法が見つからずすぐ色落ちしてしまいます。
困り果てた広瀬はついに掟破りの行動に出ました。
(広瀬)おはようさんどす。
ああ治助さんやないどすか。
厚かましゅうお願いどすけどわしに染め方教えてもらえまへんか?わしどうしても絹を化学染料で染めてみたいんどすわ。
商売敵に技を教えてほしい。
そんな厚かましい願いに応えてくれたのは京都で毛織物を染める工場を経営していた職人でした。
毛織物を染める技は友禅染と発想が違います。
糊と染料を最初から混ぜ合わせ生地に定着させます。
生地と色がしっかり結び付き色落ちはありません。
この技を応用できないか。
でも問題は化学染料と糊の相性が悪い事でした。
やっぱりなかなか色があんじょういきまへんわ。
どないしたらええんやろ…。
糊の配合もっといろいろ変えてみはったらどないです?あっそうどすな。
いっぺんやってみますわ。
化学染料とばっちり合う糊はないか?広瀬は糊の配合を変えては試し来る日も来る日も研究を続けました。
もうちょいやな…。
商売そっちのけで研究に没頭する事3年。
(広瀬)新三郎はん!新三郎はん!ついにええ赤が…出ましたで!これは…。
やらはったなあ!これで治助はんの目指す新しい友禅が出来まんな!ついに広瀬は化学染料と相性の良い糊を見つけ出したのです。
この方法で広瀬が初めて染めた生地。
なんと本物が残っています。
菊の花の鮮やかな赤。
130年以上たった今も色あせていません。
化学染料に糊を混ぜ定着させる技法。
「色糊」と名付けました。
広瀬の技は今も息づいています。
生地の上に型紙を置きその上から色糊を刷り込んで模様を出します。
「型友禅」と呼ばれる技法です。
桃色のきれいな花びらが浮かび上がりました。
型紙を変えながら色を足してゆき美しい模様を完成させてゆきます。
この型友禅も広瀬の発明。
筆で色を挿すよりぐっと仕事が早くなりコストダウンになります。
大正時代型友禅で作られた着物。
鮮やかですねえ。
天下人や裕福な町人たちだけのものだったトキメキはみんなのものになりました。
科学技術と職人の執念の合体。
それが着物大変身の最後のカギでした。
そして今…。
京都の町は着物を楽しむたくさんの観光客でにぎわっています。
あんまりふだん着る事がないので着てみたいっていうのとかわいいから。
初めてこうやって着たんですけど身が締まりますよね。
何かしっかり締めてもらって。
着物の奥深い世界を知りたい人にはこんなお店も。
古着専門店。
アンティークの着物には今では見られないデザインや色使いが。
時代を超えた魅力があるんだそうです。
着物だけはちっちゃくても少々スタイルが悪くても年を取ってても若くてもすごいかわいい格好になれるっていうか。
かわいいっていうか…年がいもないんですけど。
(セリフ)再び岐阜県の地歌舞伎の衣装部屋にお邪魔してみると…。
公演を終え着物の汚れを拭き取ったりほころびを直したり。
こちらでは古くなって舞台で使われなくなった着物も大切に保管されています。
地歌舞伎の歴史を伝えるのに役立つのだそうです。
今だいぶこれ汚れちゃったんですけどねこの着物を復元したのがこちらの着物になりますね。
同じような柄です。
ちょっと色的には違うんですけど。
これが昭和の前期大正末ぐらい。
でこれが昭和の後期ですね。
まあその時代によってねこんだけ色が違うというのもよく分かりますしそういうものを見ながら私たちは…着物は千年の時を超えより美しく変身を続けてきました。
そしてきっとこれからも。
私たちのトキメキはずっと続いてゆくはずです。
2017/01/13(金) 20:00〜20:43
NHK総合1・神戸
歴史秘話ヒストリア「きもの 千年のトキメキ」[解][字]

今、私たちが『きもの』と呼んでいるのは『小袖』という、もともと下着として着られていた着物。それが戦国時代、豪華に大変身!華麗に進化してきた着物の歴史を追う。

詳細情報
番組内容
1月は、初詣に成人式と着物姿の人が増える時期。その着物の知られざる歴史に迫る。今、私たちが『きもの』と呼んでいるのは『小袖』という、平安時代には下着として着られていた着物。真っ白でシンプルなものだった。それが戦国時代、織田信長やその妹・市に愛され、豪華に大変身!江戸時代には贅沢禁止令のさなか、美しく繊細な染めの技・友禅染が誕生。そして明治、最新科学と職人技の出会いが日本の着物に革命を巻き起こす。
出演者
【キャスター】井上あさひ