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字幕書き起こし ミュージック・ポートレイト「カンニング竹山×大久保佳代子 第2夜」 2017.01.26

芸人カンニング竹山とタレント大久保佳代子。
今テレビで顔を見ない日はないほど活躍している2人が人生を語り合います。
竹山です!本業のバラエティーはもちろん情報番組でも切れ味鋭い本音で引っ張りだこ。
おらのようなボコでもめとってくれる人はいるずらか?そりゃあねえこたねえら…。
近年はドラマや映画にも出演。
今や全世代から注目を集める人気タレントです。
はい。

 

 

 


あざっす!さっき手を挙げられてた時どうしてタクシーだって分かったんですか?その原点はお笑いコンビカンニング。
やかましいわコラッ!辺り構わず怒りをぶつけるキレ芸で一躍人気芸人となりました。
出てますよ〜!しかし華やかに見える人生の裏側は波乱に満ちていました。
そんな…裕福な家庭で何一つ不自由なく過ごした日々。
バンドに熱中した高校時代。
デビュー直後芸人の世界に嫌気がさし3回にわたって逃走。
自堕落を極めた20代。
起死回生のキレ芸でブレイク。
こっちを見るな!僕ら絶対売れません!もっとお前らガーガーガーガー言えばいいやないか!もっと面白いやついっぱいいたやろうが!かっこええ訳あるかコラッ!現在テレビのレギュラー7本。
肉食系熟女として世の女性の不満を代弁する存在。
失礼すぎない?この人。
21歳の時光浦靖子と組んだオアシズですぐテレビに出ます。
へいへいどっこいおうくろまめイワブロ。
お聞き下さい。
ツーツースリーフォー。
しかし人気が出たのは相方の光浦。
大久保には長い屈辱の日々が待っていました。
そんな大久保佳代子に寄り添った第1夜の5曲。
アイドルに夢中だった小学生時代。
少女の頃から好きだったビートたけし。
自由な世界へ飛び出したい。
そんな熱い気持ちを重ねた一曲。
雨にぬれた切ない恋の思い出。
いつかブレイクするはず。
自分を信じた日々。
今日は第2夜。
2人の人生が大きく動きます。
夢の扉をこじあけるには波乱の日々を超える必要がありました。
心に残る音楽を通して2人の人生を見つめていきます。
若者の間でガングロファッションや厚底靴が流行していた1999年。
美しく生まれた女は優れている。
ブスに生まれた女は劣っている。
これって不公平だよね?ただのブスは夢みる権利すらないのよ!28歳の大久保佳代子。
芸人デビューしていたはずが生活費はOLで稼ぎ芸能活動は劇団がメイン。
迷いの日々でした。
そんな時この人気バラエティー番組にOLの大久保さんとして出演。
何かかわいく見えてきたりすんだよね。
OLもしている芸人は珍しいと面白がられます。
ありがたいのは何やかんや言ってもうちの相方が何だかんだ言ってオアシズとしてやってて「うちの相方OLで面白いんですよ。
OLやってるんですよ」って多分「めちゃイケ」に言ってくれてちょこちょこ出るようになってそれがつながってレギュラーになるんですけど。
OLの大久保さんとして。
OLは辞める訳にはいかないと思う。
いかないね確かに。
働いてないとね一応ね。
ちゃんと働いているっていうのをやりつつ大きい番組大きいバラエティー番組に行くっていう…。
ちょっと本当に精神的にはバランスがなかなかちょっととりにくくなってきて。
だってテレビってやっぱすごいのは行ったら行ったでお弁当はガアッとあるわ飲み物は「何なの?」っていうのあるし。
分かる。
ぜいたくな話よねよく考えたら。
こうやってればきれいにしてもらってる。
翌日はもうOL仕事なんですよ。
そうか。
「急に昨日とか休むのやめてね。
これちょっと会議室ちょっと掃除してきて」ってゴミ箱を渡されたりするとまあどっかで「誰に向かって言ってるの?こいつ」みたいな。
いやちょっと分かるよ。
ちょっとバランスがとれなくなってきた時期があって。
その人は知らないもんね。
会社で勤めている大久保さんしかその人は知らないからね。
「何かやってるみたいだけど休まないでよ」みたいな。
もちろん当たり前の事だけど。
…で実家に帰ったりしても親がねやっぱ理解してくれないというか。
何を?テレビ?どっちを?テレビをちょっと出つつOLをやってるっていう状況を。
二足の草鞋が親が理解しない。
理解できない。
「何でそんな中途半端な事やってるの」。
親としてはそうか。
そう。
「中途半端な事」って言われたのがまあショックで。
「お母さんが私にそんな事を言うなんて考えてるなんて思わなかった」ってずっと泣いて。
実家で友達がもちろん近所に住んでるんで友達のところに行って夜。
友達の前で素の自分に戻った時PERSONZの「DearFriends」が心にしみました。
「涙をふいたならひとりじゃないのよ」。
「まあええよ佳代子飲もう」って飲んでよくこれ歌ってたんだけどカラオケ行って「DearFriends」だよ。
「友達ってやっぱいいな」ってこれを歌ってる印象があるのでこの曲なんだけど。
やっぱ親がすごいなと思ったのはそれで飲んで歌って朝になったんで帰ったのね実家。
お母さんが新聞のチラシ見ながら「お母さんね佳代ちゃん昨日いろいろ言ったけどあなたのやる事は信じて応援してるからまあ頑張んなさいよ。
もう何も言わない」って言ってくれて。
でもそこからびっくりしたのが本当に何も言わなくなったの。
仕事に対して。
仕事に対してっていうかもっと距離感。
「東京はキャベツ高いの?」とか。
距離感がよく分かんなくなっちゃったんだろうね。
気持ちいい!チョー気持ちいい。
(実況)栄光への懸け橋だ!日本金メダル!日本は37個のメダルを獲得。
選手の活躍に刺激を受けて日本中誰もが頑張ろうという気持ちになった年です。
カンニング竹山33歳。
ブレイクの兆しが見えたコンビは休む間もなくフル回転。
まさにその時異変は起こりました。
本当にさ寝れないぐらいのスケジュールって組まれるじゃん。
一回ガッと来ますよね。
一回来るじゃん。
みんな寝てなくて疲れてた。
ロケバスではずっとこうやって寝てる。
そんな時に中島だけ起きない日がある。
「おいもう行くぞ」っつって。
「調子悪い」。
そいつが何日か続くから「いや大学病院行ってみ」って言って大学病院に行くとその病気になってたんですよ。
「白血病だ」って言われて。
そこから要は中島はだから入院して闘病生活に移るんだけど。
2人でコンビで仕事とってるからさネタ番組とかもある訳じゃん。
それを一人でこなさなきゃいけないっていう。
どうしたんですか?いやだからもう怒るだけよ。
一人で?一人で「うわ〜」と怒ったりとか。
「もう中島帰ってこい」って言ったりとか。
もうただただそう今になって言うと正直感情はゼロだよね。
(拍手と歓声)え〜今プライベートも何もかも最もやられてる男カンニング竹山です!中島と2人で築いたカンニングを守るため無我夢中で仕事をこなす日々。
ふと我に返った時この歌が心にしみこんできました。
いつか復活するカンニングっていうコンビのためにどうやっていくかとかいろいろ考えたりとか。
それで結局は「全国ツアーをやりましょう」みたいな。
そこからやろうっつってそれが結構固まりだしたぐらいの時期。
ふだんはさ気ぃ張ってるのもあるしさでも言ったらさ当時の裏事情を知ってる訳じゃない。
今調子いいとか今調子悪いとか。
でもそれは世間には言えない訳じゃない。
とりあえずお互いに頑張るでしょう。
相方も闘病で頑張ったし俺は俺で仕事でやるしかないからずっとやってたんだけどさたまにさ帰ってる時に東京の町並み帰ってる時に自分のカーステレオからこれ多分偶然順番に流れたりする訳よ。
そうするとたまんなくなるんだよね。
何て言うかな…。
自分にもう嘘つき過ぎちゃってもうちょっと疲れちゃったって曲。
言えないですもんね。
本当の俺は何だっていうようなね。
先の見えない不安。
確かに。
今振り返れば何か夢中でやってたなあっていう。
確かにつらい気持ちもあったなっていうのはありますけどね。
でもあれですね一番思ったのはカンニングっていうコンビ結構覚えてくれてる人がいますけどカンニングで出たのは1年もないからね。
そんな早かったですか?10か月ぐらいしかないからね。
じゃあよっぽどその10か月11か月で人の印象には残したんですよ漫才。
テレビというメディアで言うとね。
あのネタ怒って何か「まあまあまあ」って言ってる印象は。
・「そして夜空に」・「黄金の月をえがこう」・「ぼくにできるだけの」・「光をあつめて」・「光をあつめて…」2年の闘病の末相方は亡くなりました。
どうしたらいいのかと悩む日々。
亡くなって2年くらいしたのかな?2年…1年か2年した時に「あれ?俺テレビメチャクチャ出てありがたい事にね皆さん知ってもらってるけど俺芸人として何なんだろう」とかいう心にぽっかりさ穴が開いたの。
それがどっかで不安だったけど忙しいから働いてた訳。
そんな事の生活をしてる時に放送作家の鈴木おさむさんが現れる訳よ。
仲のよかった放送作家の鈴木おさむはある日竹山を酒の席に誘います。
おさむさんが俺にまずこう言う訳。
「心に穴開いてるでしょう」って。
びっくりしちゃって。
俺本当にそれで悩んでたから。
「自分が何やればいいか分かんなくなってないですか」って。
「忙しくやってるけど芸人としては穴開いてますよね」って。
ズバズバ来た訳。
全くそれで悩んでた訳俺は。
ほんで鈴木おさむさんが「単独ライブやりませんか」と。
それで。
そう。
「一人で舞台に立ちましょう」って言って。
でもそこで俺断る訳。
アハハハハッすげえな。
だっておさむさんそんだけ見抜いてくれてまさに「そうです」っつってその穴を埋めてくれるための提案な訳でしょう。
でももうまず面倒くせえが勝っちゃって。
出た。
本質が出たやつだ。
芸人として本当の実力が試される単独ライブ。
竹山はおびえていました。
でもいつまでも逃げてはいられない。
竹山は決意します。
相方を失って2年後。
ついに始めた単独ライブ「放送禁止」。
まず皆さんがサラ金でお金を借りようとした時にどこの会社から行けばいいかです。
皆さんは言ってもサラ金ビギナーです。
サラ金ビギナーが借りるとこは必ず決まってます!今から言う5社です。
いいですか?この5社に必ず行って下さい。
じゃあなぜこの5社がいいか。
この5社には愛があります!実は鈴木と竹山はある約束をしていました。
「今からこのライブを毎年続けてってもし5年間続いたら5年後が中島君の七回忌にあたります」と。
「その時に亡くなった中島君のネタだけで笑いを作りましょう」と。
「それまでとりあえず一旦頑張りましょう」と。
5年間客を増やしていかなきゃいけないっていう。
そのために一個一個クオリティーを上げなきゃいけないって目標にやったんですよ。
5年。
5年。
5年後のライブ。
竹山は中島との思い出が詰まったこの曲を「オープニングで流そう」と心に決めていました。
これ昔左とん平さんが出した「左とん平のヘイ・ユウ・ブルース」っていうレコードがあったのよ。
それ好きでさかっこいいなと思って。
そのままカンニングが忙しくなってきた時に何が面白いのかなとか常に考えるじゃない?そうすると売れた芸人って歌出しがちじゃない。
うん出すね。
でもさ売れる訳ねえじゃん。
売れない。
みんな汚点として残ってるもんね。
出した子とかね。
でもさそれさえあればそのCDさえあれば歌番組回れるなと思ったの。
ああそれ持ってね。
そのかわりメチャクチャなのよ歌詞とか。
考えたの。
そのかわり聴く人が聴いたら裏の音だけは完璧にしようと。
それこそ左とん平さんがやったように。
そのかわりもう歌詞を入れた事によって台なしになる。
やんなよ。
歌詞入れんなよって。
そう。
知らないふりして歌番組行って「こんな歌売れるか」ってやる。
…みたいなのをやろうと。
「そしたらお前このCD出す事自体がこれ無駄遣いやないとか!?そういう事になるやろ!それでお前何やこんなのカラオケ有線とか入んないよ。
大体お前歌じゃねえよこんなの」。
1曲目は「ヘイ・ユウ・ブルース」で2曲目は中島の。
中島歌がくそ下手だったからソロの歌入れさせて。
それで3曲目に今のインスト入れたの。
もう曲だけのやつ。
そうなんだ。
単独ライブは年を追うごとにその規模を拡大。
そしてついに迎えた5年目のオープニング。
カンニング竹山「放送禁止2012」。
カンニングのお葬式スタートです。
僕とサンミュージックの相澤社長と2人で記者会見して「中島の病名は急性リンパ性白血病です」と言ったんです。
病院にあいつ入院してからも顔なんか一回もさされた事ないんですよ。
「あっカンニングの中島だ」って一回もないんですよ。
でもその記者会見が終わって僕が3時に報告行ってタバコ吸おうという時からあいつ急にサングラスしだしました。
(鈴の音)ある日病院に行くとパソコンなんか扱えなかったあいつがノートパソコンを手に入れてました。
サンミュージックに「闘病記書け」とか言われてたんでそれで使うのかなと思ったら土日に馬券を買うためでした。
ところがメチャクチャ当てます!一日に競馬って36レースあるんですよ今日とか日曜日36レースやってますいろんな所で。
それほとんど買います。
そして万馬券をメチャクチャ当てるんです!中島が俺にこう言ったんですはっきりと。
「この白血病の治療費JRAに全部払わしたらぁ」。
(笑い)ギャンブラーでしょ!5年たってそのカンニングのお葬式という舞台をやって中島の死で笑いを作るっていう2時間ちょっとをやってそれやり終わった時に初めて俺本当の心の中で「あっピン芸人になったんだ」って思ったのよ。
そういう区切りというか気持ちが。
俺は元コンビだけれどコンビじゃねえと。
俺はピン芸人にこれでなれたんだっていう。
一方の大久保佳代子。
OLを続けながらタレントの仕事が次第に増えていきました。
ミミズはね男にも女にもなれるんだよ。
あ〜両性具有?イッタ!すいません!つい。
これヅラなんだけど。
だましてたのね!嘘気付かなかったの?何その髪形?出家なさるおつもり?これ一般的な髪形だと思うんだけど!そして2010年OL生活に別れを告げます。
きっかけ何なの?辞めるきっかけは。
OLさんを。
優先順位がテレビの仕事その仕事がない時に劇団の稽古その劇団の稽古がない時に唯一会社に行くっていう優先順位になっちゃったのね。
遅刻もするし欠席もするしみたいな感じで。
誰も話しかけてこなくなったの。
孤独になってくの?ハレモノみたいな感じ。
本当にきれいな。
最終的にどうしたかっていうともう休みはないわね。
休みはないし睡眠時間もほぼないみたいになってある時本当マンションでゴミを捨てようと思ってゴミ持ってマンションのゴミ捨て場に「これ捨てなきゃな」と思いながらもう疲れて頭がボ〜ッとしてるからそのまま捨てずに駅の構内まで行ったの。
ゴミ持って出勤したって事だ。
でもごめん。
それ今の嘘。
何だよ嘘って。
どこまで行ったんだよ。
何で嘘ついたんだよこのタイミングで。
マンションの一歩出たら気付いたけど「ああ違ったゴミ捨てたんだ私」と思って。
駅まで持ってったって言うんなら「駅まで持ってった」の話を墓場まで持っていけよもう。
あ〜そうか。
そこはちょっと弱い。
人のいいところだから。
もう限界。
これ体力的に限界ってなって「もう辞めます」って言って。
そこで。
「どうぞどうぞ」って言われたんで。
OLを辞め順調にテレビの仕事が増えていった大久保。
このころ自分の中のある変化に気が付きます。
仕事増えだすと何になるかって言ったら一個の仕事に対しての比重が全然軽くなってくというか。
ああ分かるなちょっと。
昔30代で仕事が本当に週2回週3回しかなかった時って大体その現場テレビ局に入る前に「こういう流れになったらこれを言おう」とか「こうなったらこれをじゃあ来るからこう返そう」とかっていうのを一応1時間考えていってたのが。
練ってさ自分なりの作戦みたいなのでしょ。
忙しくなるからそれこそ毎日今日はこの仕事とこの仕事をやればいいんだって何も考えずに。
何なら何も多少滑ったりとか「あれ今日仕事してねえな」っていう事も昔は一個一個ちゃんと落ち込んでたのにそれこそ不感症で何も感じなくなっちゃったりして。
何かそういう事増えてった時にそれこそ「ありゃ大丈夫かこれ」っていう。
仕事に追われ初心を忘れかけた大久保。
不安な日々を救ってくれたのは歌とワインでした。
毎日本当に何かに追われてるのがリセットする。
本当に自分の時間がなかったりするとまあ何やるかっつったら家で帰って飲むしかないですよね私。
コンビニの白ワインをキンキンに冷やしてもうガブガブ飲みだしてくると。
飲むとねもともとそんな感情出すタイプじゃないんで飲むと感情がこう上がってきてそうするとこれはもうちょっと意図的なんだけど泣こうと思うの。
泣きたいと。
泣きたい。
…でこの曲かけるの。
もちろん歌詞もいいしその音楽のメロディーも大好きなんだけどちょっとそうやってリセットしてたっていうのはある。
ピン芸人となった竹山。
俳優の仕事も入るようになりました。
しかしバラエティーとはあまりに違う世界に大きな戸惑いを感じます。
ありがとうございます。
今急ピッチで積載やってます。
初めはねミーハー気分で行ったのよ。
行ったんです。
バラエティーしか知らなかったから。
そうしたらさこんな言い方すると失礼だけどもう全然面白くない訳。
現場が?そう。
でもそうですよ。
面白い人も全然いねえし。
普通役者さんたちだからね。
役者さんばっかりじゃん。
あと何より長いしさ。
長い。
待ち時間もあるしね。
一番嫌なのがさ現場で待ち時間でさテレビなんか見て待ってる時にさバラエティー番組流れててこの話俺のとこ一回来たやつじゃんみたいな。
ほかの芸人が楽しくやってたりするとちょっと待て待て。
俺今ここで何やってんだと。
ああもう耐えられないと思ってこんなとこ来るんじゃなかったって。
俺は一体何をやっているんだ。
そんな不安な気持ちを救ってくれたのがこの曲でした。
ちょっと嫌になったりするとだんだんさオアシスなんかを聴く訳よやっぱり。
昔から聴いてた曲を。
そうするとこの「オール・アラウンド・ザ・ワールド」まで聴くと「もう関係ねえ。
ちっちゃいこと」って。
そうね。
俺芸人だからこれやんないとかそういう事もすごく強く考えてたんだけどいやいやもう面倒くさいなそういうのっていうさ。
芝居の話が来たら来たでそれやってみて駄目だったらもうやめりゃあいいしって楽になってくるんですよね。
楽にしてくれる曲。
うん。
初の主演映画「守護天使」。
監督からのあるアドバイスが竹山の仕事に対する考え方を大きく変える事になります。
宮野涼子さんどこだ!?本当に知らないんだよ!正しい事をしている。
それだけは誓って言えます!あなたを守りたいんです。
佐藤祐市監督の「守護天使」って映画の。
佐々木蔵之介さんとか俺寺島しのぶさんと夫婦役よ。
え!俺主演なのよ。
すごいじゃないですか。
主演だからそれは嫌だけどやるべみたいな。
上から目線よ。
行ったら案の定長えよ。
朝早いし。
朝早いね。
一応主演だからさ帰りてえも言えねえしさ。
そりゃそうでしょう。
やってた時に監督と飲み行った訳。
監督に「いや監督嫌なんですわ俺」。
言ったの?「もっとさくさくできないんですか?」みたいな感じ。
よく言ったね。
いろいろ話したら監督が「いや竹山ねテレビっていうのはこうでバラエティーはさこうだけどドラマとか映画ってのは絵を作る仕事だったりするんだよ。
こうやってみんなでやるんだ。
だから弁当も一緒だよ」とかさ。
みんなでいい絵作ろうと思ってやってお前ら俳優部で俺は制作でいろいろあってそれいろいろ話聞いてちょっと変わってきた。
そうかと。
そういう仕事なんだと思ってきたらまたそれで気がすごく楽になってそれから待ちも何ももうこんなもんよって。
佐藤監督のおかげでなってきて。
テレビとか映画って映像の世界っていろんなすばらしいジャンルがあるな。
そこにお邪魔してていろいろいけるっていいじゃんみたいな事になってきたっていう。
よかった。
それぞれの現場にすばらしい世界が広がっている。
竹山は迷う事なく活躍の場を広げていきます。
脳挫傷の後遺症で記憶障害が見られます。
はい。
お願いします!一方の大久保佳代子。
2013年はまさに大ブレイクの年。
42歳にして芸能界の第一線へ躍り出ました。
この年テレビ番組のレギュラーが6本。
年間の出演回数は400回以上。
更に女優としても…。
「あまちゃん」出てたの!?私「あまちゃん」出てるんだよ。
どこで?どこの人?尾美さんで愛人役。
尾美さんの?そう。
…でワンシーンだけ。
うわはねてないね。
すごいはねたの。
これがでも。
嘘。
ワンシーンでそれも「台本は?」って言ったら「台本読まなくても大丈夫です」ぐらいの感じで行って行ったらバスローブとバスタオルが用意してあってタオルこう巻いてバスローブ着て「このマンションここを横切って髪を拭きながら横切って下さい」って言って「セクシーめに」って「ふう…」って横切ってお疲れさまでした。
以上。
出てないよ。
出てねえのと一緒だから。
出てるけどね。
ジーザス。
でも反響すごかったよ。
「まさか大久保さんだなんて」みたいのがダ〜ッて来てたよ。
それネットでしょ。
ネット。
それは「朝ドラ」のすごさ知らないよ。
え?俺の事を知ってくれてるファンではないけど年齢層が一気に変わるのよ。
俺新幹線で一回さ一人のおばあちゃんが「庄屋さん庄屋さん」って。
「どうもどうも」。
「ほら庄屋さんいる!庄屋さん」ったら。
「あれは大変やったねえあれ」。
そうなるんだ。
こんな事になるんだ「朝ドラ」と思って。
多忙を極めた2013年。
その最後の日に大舞台が待っていました。
売れたじゃないですか。
売れましたよ私ガ〜ッときて。
私売れてもそんなに調子に乗るタイプでもないし。
売れた売れたって。
何かどっかでいつも抑えていようと思うんだけどこれは来たなと思ったのが2013年でいいのかな?「紅白」。
あっ出た?出た。
ついに。
これはさすがに実家の親も喜ぶし一個のステータスでしょう。
NHK。
「紅白」呼ばれるってそうよ。
そうなのよ。
いつも実家に帰ってねブスの友達と年越ししてたんだけど「ちょっと今年はごめん」って言って「『紅白』出るわ」って。
大久保の役回りは意外にもAKB48の応援団。
「リハーサルしますんで。
集合場所はあちらになりますんで」って行ったら私のほかにいたのがNHKのキャラのどーもくんとくまモンとえのきくんだったのかな。
えのきキャラ。
着ぐるみ3体とやっと人がいると思ったら鉄拳。
「この5人集まって下さい」って言われて「え〜っ」と思って。
大久保さん野面?野面。
大久保佳代子のまま。
大久保さんだから。
「フォーチュンクッキー」の横ステージに行って横で5人でこうやって何かこうやって一応振り付けられて。
何だろう。
すごい出れた事うれしいんだけど私がここ1〜2年頑張ってきてどう見られてるかって言ったらこの横の連中と同じ感じで私はそういうふうに見られて仕事をしてきたんだっていう。
「大久保さ〜ん」みたいなあるの?誰が?くまモンが?だからインタビュー的な事よ。
その時の司会者の人とかが。
でもあったあった。
集計って玉を入れる集計ボックスがあるんで。
それを「アシスタントの女の子と大久保さんが行ったらこれ面白いんじゃないですか?」みたいなNHKの偉い人に言われて女の子が行って私が後ろついてってこうやって嵐か何かに渡すんだけど何だろう。
みんなもう終わった安心感かあれか誰もそんな突っ込む事なく松潤がちっちゃい声で「大久保さんじゃん」って言ったけど。
大久保さん?あれ大久保さんだよね。
シュールだよねツッコミないから。
…っていう一番私の輝かしい曲ですよ。
ともに45歳。
2人の今を表す9曲目。
カンニング竹山。
最近はニュース番組のコメンテーターにも挑戦。
世の中のご意見番として活躍しています。
俺ラジオ番組でさニュース番組やってたのよ。
月曜なぜか俺が抜擢されたのよ。
ほかは?ほか芸人なんかいない。
みんなジャーナリストとかさ。
これヤバイと思って。
その辺からいろいろ勉強はしたんですよ。
いろいろ言われたりして。
考えてひねってこう言わなきゃとか調べてきた事こう言わなきゃっていろいろ思ったけどそれって俺の意見じゃないなとかいろいろ思ってきたんですけど最近そういうの別にいらねえんだな。
勉強はもちろんしなきゃいけないよ。
最低限の事は知ってないと言えないから。
新聞全部読んだりしなきゃいけないけど。
おじさんが今どう考えてるかを素直に言えばいいのかなっていうのはちょっと思うね。
あと見た目の問題もあると思う。
どうあがいてもしょうがねえおじさんになってきたっていう。
確かに。
見た目は楽になりますね。
おばさんっていうのもあるでしょ。
すごく楽しいというか。
力が抜けたじゃないけどまあ。
いい年になってきたんじゃない?俺たちの年ってここからなんじゃないの?きっと。
若い時じゃなかったんじゃないの。
この見た目の2人は。
なるほど。
私も情報番組やったりしてるけど。
何の関心もないっていう時あるんですよ。
ヤバイ無だ。
何も思わないっていう時。
そん時に困るの。
困るね。
「何にも思ってねえな」って時俺もあるよ。
その時はもうこうやって…。
「なかなか難しいんですけど国がこういうのをどうにかする方向性にいろいろ持っていかないといつまでたってもこの問題続きますよ」って言った時は俺何にも考えてない。
そのフレーズ?そんな気持ちにたどりついた竹山に今寄り添うのは10代の頃から大好きだったこのアーティスト。
レオン・ラッセル。

(歌声)曲は何でもいいんですよ。
何でもいいって何かっていうと歌ってるのがレオン・ラッセルっておじさん。
アメリカのおじさん。
人生の中でこのレオン・ラッセルって人が一番好きなんですよ。
全アーティストの中で。
何でレオン・ラッセルが好きになったかというとず〜っと話戻りますけど福岡のター坊ケン坊時代から。
一とおり分かった。
ター坊ケン坊時代ね。
その時に昔さレコード屋でジャケ買いとかしたじゃない。
洋物なんかあんまりよく分かんねえけど。
買ってみようかなと思って見つけたのが偶然レオン・ラッセルだった訳。
聴いて圧倒的に好きになって。
だから今でも何かこの時期になったらずっとやっぱり毎年レオン・ラッセルをかけるし。
聴きたくなるのかな。
ちょっとピンチになってもうれしい時になってもやっぱりレオン・ラッセルをかける。
車の中でも家でも。
ず〜っと聴いてる訳ですよ。
昔結構来日してた。
ちなみにうちの親父が亡くなったお葬式の2日後か何かもレオン来たから福岡から「俺一回東京帰るわ」っつってレオン・ラッセルのライブ見に行って。
そんなに。
「レオン!レオン!」っつって「サンキューサンキュー」って言われてちょっと腹立ったりする訳。
これだけ好きなのに何だよその対応は。
そりゃそうでしょう。
一ファンですよ。
…ぐらいの人なんですよ。
もっときれいになって見返してやったら抱いてくれるんじゃないかっていう気持ちで毎朝「抱かれたい!抱かれたい!」って筋トレをしてる時です。
女性の本音を語るタレント大久保佳代子。
今彼女の恋愛観を表現するのがこの歌です。
男の弱さだったりいろいろな男のずるさだったり曲歌詞にもなってしまう。
女の人も次のブロックで歌ってますけどやっぱね私ね男好きなんだな。
…って最近特に思う。
男といたいと。
男のやっぱり弱いところだったり繊細だったりするとこだったりずるくて逃げるとこだったりも含め何か包み込みたいっていう…。
包み込まれたいじゃなくて私が守ってあげる。
母性的な事があるって事。
私だから本当にたけしさんから始まるけど芸人っていう人の生きざまが好きだし芸人さんは強いようで弱くあってほしい。
酒に潰れてる姿とか最高だしだからこの世界にいれて本当に芸人さんを間近で見れてるっていうのはすっごい幸せ。
言ったらダチョウの上島さんがね駄目な感じで飲んでるのとか。
あれは私の芸人の好きなスタイル。
苦労するタイプだね。
そう。
だから今んところ金ばっかり払って男とつきあってますよ。
最後に2人に聞きました。
人生の終わりに聴きたい曲は何ですか?この曲と出会った時心ブルブルってきちゃってたまんなくなっちゃって。
新幹線でおじさん涙止まらなくなっちゃって。
分かる。
つらかったら幸せだって言って笑ってなさいっていう。
く〜ってなるんですよね。
いやいい。
そうね。
この曲で僕今終わりたいですね。
人生終わりたいっていうかね。
これ基本の曲よね自分の中で。
本当にきつかったらこれ聴くかな。
一方大久保佳代子が選んだのは今も昔も憧れの人ビートたけしのこの歌。
たけしさんでねやっぱ締めたいなというと。
何だろう。
人間ってこんな生きものさで締めてる感じがね。
日常の風景があってそんなに期待もせずでも諦めもせず。
そうね。
たかをくくる。
たかをくくろうか。
そんなもんだよねって事だよね。
もし自分が最期の最期もし聴くとしたらこれを聴いてその時の感覚。
今までも楽しかったしでももうちょっとこの先ももしかしたら楽しいのかなって。
死ぬんだから思わないかもしれないけど何かねすごくそういう気分になれたらいいなと思う。
やっぱ自分の人生ってず〜っとつながってるんだよね。
当たり前だけど。
あれがあったから今これがあるんだとか。
うん。
つながるね。
…っていう事は無駄な事が別にある訳じゃないんだよね。
その時は分かんないけど後にやっぱどっかでつながるからあれやっといてよかったなとかあれをミスったから今これがあるんだとか。
3回逃げた事ももういいんだよ。
そうなのよ。
それがあったから今があってこういう曲でちゃんと感動する。
2回しか逃げなかったら今ここで番組収録してないからね。
そうかもしれない。
よかったありがとう3回逃げてくれて。
人生を彩った音楽は記憶を鮮やかに呼び起こします。
人生の大切な10曲あなたはどんな音楽を選びますか?2017/01/26(木) 22:00〜22:45
NHKEテレ1大阪
ミュージック・ポートレイト「カンニング竹山×大久保佳代子 第2夜」[字]

2人の著名人が、人生の大切な10曲を持ち寄り、対談。まったく違う道のりを歩いてきた2つの人生が音楽を通して響き合う番組/カンニング竹山×大久保佳代子

詳細情報
番組内容
今回のミュージック・ポートレイトは、芸人カンニング竹山とタレント大久保佳代子。大きな困難や挫折を経て、現在の人気を獲得した二人。竹山は相方中島の死を乗り越え、ピン芸人としての自らの地位を確立。今や俳優やコメンテーターとしても活躍する。一方、大久保は相方光浦のみが売れていく中、OL生活と芸人の二足のわらじを経て、2013年に大ブレイクを果たす。同じ年の二人が、自らを支えた音楽を持ち寄り語り合う。
出演者
【出演】カンニング竹山,大久保佳代子,【語り】ヒロ寺平