誰もが困難だと思っていたインドの独立を導いた人物がいます。
ガンディーは「塩の行進」というただ歩くだけの行為でインド中の人々の心を揺り動かしました。
独立運動中に獄中で書いた手紙の中にはガンディーの行動の深い意味を読み解く鍵があります。
「100分de名著」「獄中からの手紙」。
歴史を大きく動かしたガンディーの思想に迫ります。
(テーマ音楽)「100分de名著」司会の…今回はあの有名なガンディーを取り上げます。
伊集院さんガンディーはさすがにご存じですよね。
僕高校生ぐらいの時かな「ガンジー」って片仮名で。
ええ。
どっちかというとその発音で近いのは「ガンディー」らしいんですけど「無抵抗主義」以上です。
知ってる事は終わりました。
それぐらいです。
皆さんのイメージもそうだと思います。
まさか本を書いているというね。
そうイメージがあんまりないですね。
今回取り上げますのがこちらです。
「獄中からの手紙」という本です。
ガンディーはイギリスからのインド独立を指揮した運動の中で何度か逮捕されています。
この本はその時に刑務所で書き記したものなんです。
なるほど。
ちょっと一から勉強していきたいと思ってます。
それでは今回の先生をご紹介しましょう。
東京工業大学教授の中島岳志さんです。
どうぞ。
よろしくお願いいたしますよろしくお願いします。
政治学が専門の中島岳志さん。
実際にガンディーゆかりの地を訪れるなど研究を進めてきました。
宗教と政治をつなぐ観点から「獄中からの手紙」を読み解きます。
こちら伊集院さんよくご存じのガンジーのイメージがこの顔ですよね。
はいそうですね。
これが本名なんですね。
そうなんですよね。
私たちはマハトマ・ガンディーという言葉で習ったと思うんですけども「マハートマ」というのは「偉大な魂」という通称のようなものでしてガンディーという人は何か高尚な哲学者宗教者っていうふうに見えるんですけどインドの一般の人たちは「バープージー」っていってこれ「おじさん」という意味なんですけれどもそういう親しげな呼称でその当時は呼んでいたというふうに言われているんですね。
今回読み解いていく「獄中からの手紙」なんですがどんなものなのかこちらにまとめました。
まずガンディーというのはヒンドゥー教の人だったんですね。
そうですね。
何かインドというふうに聞くと私たち日本人はどうしてもあっ仏教の国だというふうに思いがちなんですけども…そして「アーシュラム」というのはどんな意味なんですか?ヒンディー語などで道場とか修行場という意味なんですけどもガンディーが作った修行場があるんですがそこでガンディーに従ってきたその弟子たちに対してこの「獄中からの手紙」というのは送られた。
そういう文章なんですね。
どうしてガンジーはこの手紙を書いたんでしょうか?彼はこの刑務所の事をお寺だというふうに言ってるんですね。
周りから遮断をされてそしてじっくりと物事を考える事ができるそういう修行場のようなものお寺のようなところだというふうに考え…この本なんですね。
前向きな方ですね。
逮捕された事に対する恨み言でもなければ。
そうなんですよね。
あそこで静かに考えをまとめてきちんとこのチャンスに弟子に伝えようという事ですね。
ではそんなガンディーを知るためにまずは当時のインドの時代背景から見ていきましょう。
大航海時代インドへ進出したイギリスは植民地支配を開始。
以来インドは不当な支配に苦しんできました。
独立へ向けた指導者が度々現れるもイスラム教徒ヒンドゥー教徒の対立の溝が深くインドが一丸となる事は難しかったためどれも失敗に終わってきました。
1916年そんな状況の中に登場したのがガンディーでした。
ガンディーはそれまでの指導者が行ってきた活動とは全く異なる方法「非暴力」で独立運動を指揮しインド中の注目を集める事になります。
1919年イギリスは不当な法律を新たに成立させます。
ガンディーは人々に対してストライキを呼びかけました。
しかしこれは単なるストライキではありません。
仕事を休んでその日一日断食して静かに祈りをささげようと訴えました。
断食の習慣はヒンドゥー教徒にもイスラム教徒にもありこれを利用したのです。
人々は商店工場学校を休業。
それまでには考えられないほどの規模の人数が断食に参加しまさにインド中が一体となりました。
しかしそれでもイギリス政府とインド国民の対立は収まりません。
4月13日こうした弾圧政治に対する抗議のため非武装の国民およそ2万人が公園に集まるとイギリス軍は無差別に銃撃を開始し1,200人が殺されました。
民衆はこれに黙っていられませんでした。
とある村で行われたデモに対して警官が発砲したのをきっかけに農民が警察署を囲んで放火。
警官22人を殺してしまう事件が発生します。
ガンディーは暴力を暴力で返す現状を見てこんな事ではインドは独立する事はできないとして運動を停止する事を宣言。
表舞台から退いてしまったのです。
短いVTRでしたけどいろんな事が入ってました。
何かそのガンジーっていう人の頭の良さだったりとかそれからあと最終的に暴力を暴力で返す現状を見てちょっとがっかりしちゃうんですね。
そうですね。
これまでずっと独立運動はイギリスがインドを支配しているもんですからこのイギリスから独立するんだというそういう意思が非常に強くてガンディーももちろんその延長上にいるんですけれどもそれだけではなくてですね…そういう世界をつくっていく。
その扉を開いていこうというのが彼にとっての運動だったんですね。
ある意味そのイギリスをやっつけてイギリスの立場にいきたいという話ではない。
そうなんですよね。
ここすごく興味深いのは普通に考えたら今自分たちを支配してる国よりも強くなってそいつらを支配し返してやろうとか追い出してやろうみたいな話になるじゃないですか。
ちょっとそことは違いますね。
そうなんですよね。
だからこそその暴力事件が起きた時ガンディーは独立運動をやめちゃうんですね。
それじゃ一緒じゃないかという事ですもんね。
今言ったその強い方が支配が入れ代わるだけみたいな事になりますもんね。
ですからガンディーはその時非常に厳しい言葉を言っているんですがこんな事ではインドは何の独立しても意味がないと。
あるいは…絶望して失望して表舞台を去ってしまいましたよね一度。
でもここからまた独立のためにガンディーは奮闘していくわけですね?そうですね。
ガンディーはその後にまた獄中につながれる事になるんですけれどもその間インドは次の新しい世代のリーダーが出てくるんですがこの人たちがガンディーにまた声をかけに行くんですね。
ガンディーよもう一度立ち上がってくれと。
また自分たちを指導してくれ。
そういうふうに言いに行くんですがその時にガンディーが行ったのが塩の行進という行為だったんですね。
塩の行進こちらにまとめました。
道のりなんですけれどもアーメダバードを出発しましてどんどんどんどん歩いて南下をしていきます。
目指す先はアラビア海のダンディー海岸です。
「塩の」と付いてるのは何なんでしょうか?当時はですねインドの人たちは勝手に海で塩を作っては駄目だったんですね。
これはイギリスの専売制というのでイギリスをちゃんと通して買わないといけないっていうそういうルール法律があったんですね。
しかしガンディーはそれはおかしいじゃないかって言うんですね。
天からの恵みでそして私たちが生きていくには必要不可欠なこの塩。
それを何でイギリスが独占しているんだと。
これこそがイギリスがインドを支配している一番大きな矛盾が表れているというふうに考えたんですね。
しかし若い指導者たちはぽか〜んとしちゃったんですね。
今もう独立運動をやろうもう一回やろうというふうに沸き立っている時に「いや塩を作りに歩いていく」って言うもんですから何をこの人はやりたいんだろうというふうにぽか〜んとしたんですがこれがインドを大きく変える事になるんですね。
聞いてるかぎりは相当地味ですもんね。
そうですね。
は?塩?塩?歩くんですかって事ですもんね。
ではその塩の行進どんな様子だったのか見てみましょう。
ガンディーは数十人の弟子と共に海岸へ向けて歩き始めました。
焦る事なくゆっくり歩くガンディーたち。
途中に寄った村々で彼は自分たちがなぜ歩くのかを説明して回り「一緒に塩を作りに行きましょう」と呼びかけます。
「すぐそばに海がある。
人間の生活に塩は必要不可欠なもの。
それなのになぜ作ってはいけないのか?」。
ガンディーの歩く様は人々には巡礼のように映りました。
人々の間に広まったこの行進には次々と一緒に歩く人が加わり数千人規模という大きな動きとなっていきました。
アメリカの新聞社も同行した事によりインドだけでなく世界中から高い注目を集めます。
たくさんの人が一斉に塩を作り始めました。
しかしその後も人々は警官が振りおろす警棒の痛みにただひたすら耐え抜き塩を作り続けたのです。
あれアメリカも巻き込んでるからちゃんとフィルムが残ってるんですよね。
驚きましたね。
すごかったですね。
実際に歩いてる様子が。
ぞろぞろと数千人規模に最終的になりましたけどもどんな人たちが参加していったんですか?もう本当にいろんな人がいたんですね。
職業もですねジャーナリストもいれば普通の村人もいる。
宗教もですねヒンドゥー教徒だけではなくてイスラム教徒もいろんな宗教の人たちもいた。
年齢もですね若者から老人までいろんな人たちがいた。
そういうような非常に多様な人たちの行進というのがあの塩の行進だったんですね。
シンプルな行進するというだけの行為ですけどもどうしてここまで熱狂させたんでしょうか。
この「歩く」という行為ですね。
歩くという行為が持っている「行」とか「巡礼」という宗教的な側面というのをガンディーは非常に重視をしました。
例えばインドにはですね非常に貧しい人たちがたくさんいて本当にその日の生活するそのお金だけを稼ぐために半裸の状態でそして炎天下で働いてる人たちがいる。
それがインドのあらゆる階層の人たちに響きこの塩の行進を迎えたんだと思いますね。
何かそのね歩くというもののスピードがより強調する。
だってさ自分の村入ってきて自分の村出てくまでを車で行ってたら迷ってるうちに行っちゃうけどさ歩いてんだからやっぱ俺ついてってみようかなその塩作るやつって考えるのとかって今思うとちょっとすごすぎますよね。
ある意味演出がすごすぎるんで。
これを思いつくってセンス?何ですかねすごいですね。
かつてもガンディーよりも前の時代にですねこういう大衆運動を考えた政治家がいたんですけれども同じように宗教を使ったんですがその人はヒンドゥー教のお祭りとかを使ったんですね。
お祭りの熱狂とかを使ってそしてイギリスに対抗しようというふうにやったんですがその結果どうなったかというとイスラム教徒に対しても対立をあおっていくというそういう事が起きてしまってインドが逆に分断されてしまうという事態が起きたんですね。
ですから特定の宗教のシンボルというのにのっとってやると熱狂は起きるけど対立も起きる。
じゃあどうしたらいいのかって考えた時にあらゆる宗教を超えた一つの宗教みたいなもの真理みたいなものをガンディーはつかまなければいけない。
それを歩くという非常にシンプルな事でやったというのがガンディーの特徴だと思うんですね。
この「獄中からの手紙」の冒頭でもガンディーは真理について述べているんですけれども。
その冒頭でガンディーは真理についてこのように言っています。
この「真理」という言葉はどのような事を指しているんでしょうか。
まずガンディーは法律と真理というのがあればこれは真理に基づいて行動するべきであると考えたんですね。
確かに塩を作るというのは当時の法律違反でした。
しかし人間が天の恵みそれを受けて生きていくという事の方にこそ当たり前の常識や真理というものがあるとするならばそっちに従いなさいというふうにガンディーは考えたわけですね。
それでは真理について「獄中からの手紙」から更に詳しく書かれた部分を見ていきましょう。
朗読は俳優のムロツヨシさんです。
これは僕みたいな無宗教な人間の方が素直に入ってくるような気がちょっとしますね。
はい。
恐らくどの宗教の人がこの話を聞いても自分の思う神様をないがしろにしてる事ではないというのはちゃんと響くような。
ええ。
もとは一つだけれども現れ方によってさまざまな形をしてるんではないかという事を言ってましたよね。
何を意味しているんですか?ガンディーは非常に…ヒンドゥー教徒なんですけどもたくさんの宗教をしっかりと勉強した人なんですね。
その結果…この葉っぱとこの葉っぱが違う。
どっちが本物の葉っぱなんだ?というふうにして争う事って何の意味があるんですか?と言うんですね。
それは葉っぱであり大きな木というものから生えた一つのものである以上大きな観点からそれを見るべきだというのがガンディーの考え方でした。
これはよくできてるんだよな。
結局その大本の部分は一個で俺たち不完全なものたちが見間違えたりとかあれと違うように見えたりとかしてるって考えた方がよくない?っていう。
それは人によっては俺の見方は合っててあいつの見方は間違ってると思うかもしれないけどでもやっぱり一個の真実はあるんだというのは何となくけんかにならないと思うんだよね。
ええ。
では真理についてこちらも見ていきましょうか。
こんなふうに言ってるんですね。
そうですね。
人間である以上どうしても不完全な人間は完全な真理をつかむ事はできない。
それに対してどういうアプローチがありえるのかという事が宗教の違いだというふうに言っているんですね。
自分の宗教こそが絶対に正しいんだという…私たちは皆不完全だ。
人間は不完全だしどの宗教も不完全だって言いきれるのってすごいですね。
何か認めてくれてるというふうに思いますよね言われた方はね。
いろんな人にいろんな響き方をしながらもちょっと他の宗教を許せる。
他の価値観を許せるようにできてる。
私たちの常識としては近代人の常識は政教分離というのを習ってきました。
政治と宗教っていうのは分けるんですよそういうふうに習ってきたんですがガンディーは今見て頂いたとおり政治家でありながら宗教家なんですね。
宗教というものがあらゆるものを全部を包み込んでいるある種の真理である以上政治は別ですよあるいは何かは別ですよというふうにそういうふうに分ける事はできないと考えたんですね。
宗教性というものを政治の中に入れていく事それは歩く事とかあるいは断食とかそういう非常にシンプルでみんなが分かるような行動としてやろうとした。
それがガンディーの新しさでありそれがインドの独立に大きな力になったという政治力ですね。
宗教の持ってる寛大さみたいな事ってあるじゃないですか。
そこは大いにお互いを許し合うのに使った方がいいっていう。
そうですね。
アメリカではトランプさんが大統領になりましたけれどもトランプさんは選挙期間中にやはりイスラム教徒に対して非常に排外的な排他的な発言を繰り返していましたね。
これアメリカだけではなくてヨーロッパでもイスラム教のこの移民の人たちをしめ出していこう。
彼らは全然自分たちの考え方と相いれないんだというそういうような排他的な思想というのはず〜っと広がっている。
一個お互い相手を認めちゃうと全部攻め込まれるような気がしてより根深い対立になってたりするような気がしてて。
そういうものの考え方で議論をした事がもしかしたら…。
議論をするうえで相手を負かそうってちょっと思ってきちゃったのでガンジーみたいな考え方で何か人を説得しようと思った事がないんじゃないかなってちょっと反省。
そうだったんですか。
たかだかかみさんと俺の対決ですらさ落とし所というものを決めておかないとどんどんエスカレートしていくわけじゃないですか。
まあまあ向こうの顔を立てつつ落とし所としてはこうですわねというところが決まってる。
それを決める作業こそが難しいけれども一番の解決に向かってるみたいな。
規模の小さい事でガンディーさんには多少申し訳ないはあるんですけど。
ガンジーがいよいよ独立の父となっていく様をこれから読み解いてまいりますし次回が「人間は欲望に打ち勝てるか」です。
第1夜の段階ではガンジーには欲望はなさそうに見えてたんですけどそんな事はないんですね。
そうなんですね。
改めて人間の欲望について考えてみましょう。
はい。
次回もどうぞよろしくお願いいたします。
よろしくお願いします。
ありがとうございました。
2017/02/06(月) 22:25〜22:50
NHKEテレ1大阪
100分de名著 ガンディー“獄中からの手紙”[新] 第1回[解][字]
「歩く」「食べない」といった日常的行為を通して、人々の中に眠る「内発的な力」を呼びさまそうとしたガンディー。「塩の行進」の意味を「獄中からの手紙」から読み解く。
詳細情報
番組内容
日常的行為を通して、人々の中に眠る「内発的な力」を呼びさまそうとしたガンディー。その代表的な実践が「塩の行進」だった。わずか数人の行進が数千人もの人々を巻き込むまでのうねりとなったのはなぜか。それは「政治の中に宗教を取り戻す」というガンディーの思想の根幹に関わっている。第一回は、「獄中からの手紙」から「塩の行進」の意味を読み解き、近代人が回避してきた「政治と宗教の本来の関係」を見つめなおしていく。
出演者
【講師】東京工業大学教授…中島岳志,【司会】伊集院光,礒野佑子,【朗読】ムロツヨシ,【語り】屋良有作