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字幕書き起こし 歴史秘話ヒストリア▽新発見!ヒーローはこんな人だった?!歴史NEWS一挙公開 2017.02.10

(スタッフ)ほんとにいろんな日本を代表する偉人の方たちの新発見がありまして今回この5人の偉人の新発見を皆さんに見てもらおうかなと思ってるんですけれども。
イメージをガラリと変えるような新発見がいっぱいありますので。
まず昇太さんどれから一番最初見たいですか?え〜!新発見…。
それはやっぱり僕はやっぱりね戦国好きとしてはこの方から始めたいですね。
(植木)う〜ん確かに。
大概の事が調べられてるだろうにまだ新発見があった?え?何か穏やかじゃない。
(植木)そうなの?へ〜。
いやだけど…そうですよね。
そうですね。
信長さんが結構パワハラな感じがするでしょう?だから逆に言うとさそのパワハラのイメージがあまりないんだけど。
うん確かに…何かね手紙とかいっぱい書いて。
何かこう何となくこう…ねえ?人たらしという。
そうですね。

 

 

 


豊臣秀吉のイメージを変える発見。
それは思わぬ形で見つかった33通の手紙です。
秀吉の手紙といえばこれまでおよそ7,000通が発見されその生涯についてはもう知り尽くされていると言っても過言ではありませんでした。
しかし今回水浸しになった古文書を東京大学史料編纂所が1年半かけて修復してみると秀吉がある一人の家臣に対してかなり過激な言葉を繰り返し送りつけていた事が分かったのです。
送った相手は賤ヶ岳の七本槍の一人…
(兵たちの雄叫び)
(門を打ち破る音)賤ヶ岳の戦いは秀吉がライバル柴田勝家を倒しポスト信長の地位を盤石にした戦いでした。
脇坂はその重要な戦で勝家の甥を打ち破るという大手柄を立てた人物。
いわば腹心中の腹心への今ならパワハラととられかねない言葉。
今回発見された手紙の半数以上は天正12年から13年にかけて送られたものです。
天正13年といえば秀吉が天下統一を成し遂げる5年前。
天皇から関白に任じられ一番勢いがあった時期と言ってもいいかもしれません。
当時脇坂は今の三重県西部伊賀国に派遣されていました。
脇坂は秀吉から領主たちの城を破壊するよう命じられていましたが抵抗が激しくはかどりませんでした。
苦戦続きの実情を訴えてきた脇坂に秀吉はこんな手紙を送ります。
「書状を読んだ」。
しかし手紙で命じたからといって城の破壊が進むはずもありません。
2人の間を手紙を持った使者が何度も行き来しました。
やがて秀吉の手紙は少々キレ気味に。
これほど厳しく部下を叱る秀吉の手紙がまとめて見つかったのは初めての事です。
とにかく「城の壊滅まだ?」って言ってるだけですよねずっとね。
さあどうなんでしょう?その一人が…秀吉はこの文書の中にも33通の中にもあるんですけど秀吉に昔から仕えていた…それは自分に対する態度がなってないという事でだからそうなるともうみんな知ってるわけですよ。
そういうてんまつを。
でもうひどいのはね俺は信長とは違うぞって俺は信長ほど甘くないぞっつってこの文書で呼び捨てなんですよ。
信長ほど甘くない「信長公ほど」ではないんです。
信長ほど甘くない。
だからもうほんとに秀吉が命令してきた事をきちんとできないと俺もいつ追放されるかなって話なんですよね。
僕はどっちかっていうと…はい結構ちやほやされながら今までこうやってきたんで。
(植木)じゃ脇坂さんだったらもうちょっと伊賀はちょっとごめんなさいってなってしまう。
つらいですね。
他の場所にして下さいみたいな。
それにしても今回の秀吉のような手紙を今上司が部下に送ったらどうなるんでしょうか?これまで何度もパワーハラスメントの裁判を手がけてきた弁護士の佐々木亮さんはこう話します。
今の時代で言えば…それができなかった時に懲戒しますよとか配転しちゃうよっていう言い方はこれってやっぱり不利益を告知して命じるやり方なので…う〜んなるほど。
そうした場合には秀吉の気持ちが脇坂に伝わっていたかどうかがポイントだと弁護士の佐々木さんは言います。
あんまり対応がうまかったとは思えない部下がですね最終的には出世するっていうのは…ほんとは好きだったんじゃないのかなというふうにはちょっと思いましたね。
自分は愛情込めて指導してるつもりだったんだけども相手からするととんでもない嫌がらせだったっていう事はありますのでそういう意味では何とも言い難いものはありますけどよくよく深読みするとそうだったのかなというふうには感じなくもないですけど。
キツい物言いは愛情ゆえかはたまたパワハラか?今回発見された手紙をもう少しご紹介します。
(鳴き声)天正13年。
天皇から関白に任命された秀吉は朝廷との関係を更に強くするため天皇の住まいである内裏の造営にとりかかります。
そのため大量に必要となる材木を伊賀国から切り出すようにと脇坂に命じるのです。
自分は戦でこそ実力を発揮できると考える…モチベーションが下がってしまったのか脇坂は材木の調達が遅れがちになります。
そんな時に届いた秀吉からの手紙です。
大慌てで材木を送ったであろう脇坂に秀吉のキツい手紙は続きます。
こうした秀吉の言葉を脇坂がどのように受け止めていたのか。
その気持ちをつづった手紙などはまだ見つかっていません。
次の新発見はイケメンに描かれる事が多かった新選組斎藤一について。
本当はどんな顔だったのか明らかになりました。
幕府の命を受け治安維持のためには相手を斬る事もいといませんでした。
局長の近藤勇鬼の副長と言われた土方歳三などと並んで今も歴史ファンを魅了してやまない隊士の一人が…斎藤は新政府が誕生したあとも恩義ある旧幕府のために命をかけて戦いました。
そのため新選組ファンからはこう呼ばれています。
最新作の中で斎藤一を登場させたベストセラー作家の今野敏さんは斎藤についてこう語っています。
しかしその生き方や行動に比べ斎藤一の顔についてはこれまではっきりとはしませんでした。
例えばネットなどにはこんな肖像画が出回っていますが「イメージとちょっと違う!」というファンも。
明治の世を警察官として生きた斎藤一。
これまで映画やドラマに登場してきた斎藤はファンのイメージを裏切らない俳優が演じてきました。
例えばこの人!
(雷鳴)己に向いた刃はやがてお前を苦しめる事になるぞ。
また斎藤は今若い女性が夢中になっているゲームでも大人気なんですがそこではこんな美男子に描かれています。
さあ今回見つかった斎藤一の写真。
本当の顔はイメージどおりかやっぱり「あれ?」な感じなのか。
こちらです。
おっ!
(植木)かっこいいっていうかすごいすごみがある。
(本郷)これで若かったら相当イケメンですよね。
(昇太)いけますねえ。
これ明治30年53歳の時の写真です。
(昇太)立派だなあ!いかがですか?
(本郷)あれ師匠…。
(植木)ほんと?何この薄っぺらさが…。
薄っぺらくないですよ?そんな事ないです。
でもものすごい貫禄ですよね。
でもすごい風格がある。
っていうかじゃあ今までの写真は何だったんですかね。
あれはあの…絵ですよね。
絵?そういう感じ。
目がそうですね。
かっこいいんですか?それほんと…。
誰?今回ですね斎藤一の写真を発見した子孫の方はこれまで出回っているものとかなり違っていたので本当の姿を知ってもらいたいと公開に踏み切ったと子孫の方がおっしゃってるんです。
それは写真見つかってほんとよかったですね。
(植木)うんよかった。
やっぱりすてきな人なんだなっていうのが分かってよかったってうれしいんですけど私何か半分寂しいんですよね。
(本郷)どういう事ですか?何か知りたくないっていうか歴史の事詳しくあの時代こうだってそれを何かまざまざと写真で見ると何かねちょっと寂しいっていうか…ありません?何かそういう…。
(植木)うんこれですってはっきりになっちゃったんだっていうね。
全部知りたくはないんですよ。
でも何か戦争に行く事自体が正しいかどうかってまた別なんでしょうけどあえてねやっぱり西南戦争に出かけていってそれで戦ってそれでそういうほんとに武士としての生涯を貫いた人でしょう。
そうですねえ。
だから本当にかっこいいっちゃかっこいいですよね。
こうりんとしてるじゃないですか。
警部で退職されたんですよね。
お巡りさんの方は。
そのあとねいろいろ職を転々とされたんですけれども…ご出身ですよね。
お茶大お茶の水女子大ですね。
お茶大で事務?うんだからきっと当時のあのお嬢様方の間で何かいいおじいちゃんとしてね。
ああいいおじいちゃんとしてかう〜ん…。
でもすてきだったでしょうね。
そうですよね。
そんな経歴の方が事務にいらっしゃったら…。
お茶の水女子大はね男性がいないですからね。
斎藤一さんそうなんですね。
(本郷)いやただ斎藤はもう絶対そういう事は言わないと思います。
もう名前も変えて。
だからもう静かに仕事をしてたんだと思いますね。
去年この写真と共に公開された写真がもう一枚あります。
家族写真です。
妻はかつて一緒に戦った会津藩士の娘です。
やっと訪れた穏やかな日々を大切にしたいと思ったのでしょうか。
明治になってからの斎藤は名前を変え一人の庶民として生きていきました。
さあそろそろ次の新発見にいきたいと思うんですけれども。
いや〜ちょっと面白いなちょっと。
はい次々出てきます。
秀吉斎藤とやっぱりこうねちょっと勇ましいっていうか戦いの人たちが続いたのでこの辺でちょっと文化系の人をお願いしたいです。
というわけで次の新発見は江戸の天才絵師…公開されたのは去年11月。
東京・墨田区にあるすみだ北斎美術館には多くの人が訪れました。
この絵は100年ほど前にフランスで競売にかけられたのを最後に記録が途絶え長らく行方が分かりませんでした。
しかし数年前イギリスのオークションに出品されある画廊が落札。
それを…いや〜…やっぱり…そういう意味で言うと…この絵は北斎が長年暮らした隅田川沿いの風景を7メートルの絵巻に描いたものです。
これは両国橋の辺り。
舟に乗ろうと並ぶのは吉原に向かう若旦那でしょうか?人々のにぎわいを生き生きと描いた筆遣いはまさに北斎のもの。
100年ぶりに里帰りした北斎の絵。
この絵は北斎にとってどのような意味を持つ絵なのでしょうか?北斎が絵を描き始めたのは19歳の時。
浮世絵や本の挿絵といった版画を中心に生涯でおよそ3万点の作品を生み出しました。
海外で「GreatWave」と呼ばれその斬新な構図が後世にも大きな影響を与えました。
北斎は作品の数だけでなくクオリティーも世界レベルだったのです。
今回発見された絵は北斎46歳の時のもの。
「冨嶽三十六景」などの版画と違ってこれは本人が直接描いた肉筆画。
90歳まで描き続けた北斎は…その変化はこの絵を描いた頃から始まったのではないかと研究家の浅野秀剛さんは考えています。
普通の錦絵版画は基本的に版元から注文されて版下を描くんですよね。
…というイメージにだんだんなってきます。
紙か絹があって自分が絵の具を調達して全部描いてそれで仕上げられますよね。
北斎はその生涯を通して絵がうまくなりたいと願い続けた人でした。
自分一人で勝負する肉筆画こそその大切な精進の場だったのかもしれません。
北斎は後にこんな言葉を残しています。
やっぱりこういう…僕らよくいつも思うのが例えば野球選手だったらね何本打ったとかホームラン何本とか盗塁何個しましたとか何勝しましたかってすごい具体的に数字で出るんですね。
陸上競技の選手だったら何秒で走ったっていうその数字が出るんだけど…だからこの北斎やっぱり描きながらまだこんなもんじゃないまだこんなもんじゃないって思ってるからあと何年後っていう事を常に考えてるわけじゃないですか。
文化系の人ってみんな多分そうだと思うんですよね。
例えば落語で言うと「あっ今日いい高座だったな」っていったらそれが基準になるんですよ。
(植木)なるほど。
で次の高座はここじゃもう駄目なんですよ。
90点なのにね。
うん。
100じゃない。
そう。
だから常に自分がいいなと思ってる事は上がり続けるだけなんですよ。
(植木)あっそっか。
なるほど。
なので僕ね落語家ってねちょっとふざけた人が多いんで何でこうやってふざけてる人多いのかなと思ったらほんとに真面目な人はつらくなっちゃうんですよ。
昨日より今日今日より明日っていうのが…。
でちょっと自分の中でまあいいやっていう気持ちを持てる人じゃないとつらくなっちゃうんですよね。
これは北斎が90歳で亡くなる3か月前に描いた肉筆画です。
富士山よりも高く天に昇る一匹の龍。
今よりもっとうまくなる。
この龍は死の間際まで北斎がそう信じていた証しなのかもしれません。
さあそれでは続いての新発見ですが残るは坂本龍馬と臨時ニュース。
どうしましょうか。
そうですよね。
龍馬はちょっとお楽しみにしたいんですよね私ね。
という事で龍馬の前に臨時ニュースです。
(いななき)
(直虎)いざ!大河ドラマ「おんな城主直虎」。
柴咲コウさん演じる井伊直虎が動乱の世に果敢に立ち向かう物語です。
このドラマでほとんどしゃべらないある登場人物が今話題になっています。
井伊家の前に立ちはだかる…演じるのは今日のゲスト春風亭昇太さんです。
初登場のこの場面ではなんとひと言も発する事なく宇梶剛士さん演じる井伊直満の命を奪ってしまいます。
そしてこれから放送の第7回でもひと言もしゃべりません。
(左馬助)恐れ多くも…。
井伊家の人々に直虎の結婚について無言の圧力をかけます。
井伊の姫と添わせるつもりかと仰せである。
めっそうもない事でござります。
(政次)井伊の姫と添わせるは太守様の恩情をむげにする事と遠縁の奥山の娘をと。
あの昇太さん今の場面はどのような…。
井伊家がいろいろ動いてるのでちょっと圧力をねずっとかけていこうという事なんですけどね。
いや宇梶さんはねすぐに殺しちゃってほんと申し訳なかったですね。
ほんとにでも言葉を発してないですよね。
そうですね。
いや僕ね自分で台本見た時ね驚きました。
台本を頂いてこうやって見たら「あれあれセリフがない」と思って。
最初は楽だなと思ったんですけどねセリフ覚えてかなくていいから。
そしたらねやってみたら大変でした。
(植木)いやすごい難しいでしょう。
やっぱり織田信長っていう日本史の中のヒーローがいるのでこの人を引き立たせるためにものすごいいい格好の材料になってしまってで今までのドラマとかあるいは映画とかで出てくる今川義元公の扱いが雑なんですよ。
ほんとに何か単一的なイメージで嫌みでなよなよしてておじゃる言葉のそういうイメージのねはい。
今川義元の生涯をずっと追っていくととてもじゃないけどこんななよなよとした大名のイメージは全く浮かんでこないんですよね。
今まではかわいそうだったんですね。
…という事でここで発表してもらいたかったですね。
僕の中では郷土の英雄なので。
だからそれをお仕事を頂いてすごいうれしいですよ。
歴史を変えるような投書がいっぱいあるので。
私の中でですね…なかなかそうもいかないんでしょうから多分お亡くなりになるとは思うんですがはい。
(本郷)残念ですね。
その日まで頑張ります。
楽しみに拝見します。
はいありがとうございます。
さあ最後の新発見ですが坂本龍馬でございます。
今年没後150年盛り上がっています。
今日最後は幕末の英雄…ついに本物と判明しました。
その日龍馬は風邪気味だったと伝えられています。
盟友中岡慎太郎と共に精をつけようとしていたのでしょうか。
しゃも鍋を食べようとしていたところを襲われます。
記録にはこうあります。
「龍馬はその背面なる刀掛けの刀を取りしも鞘を払うのいとまなくしばらくそのまま防闘せり」。
その瞬間を今に伝える写真があります。
明治になって開かれた展覧会に出品された龍馬の遺品を撮影した一枚です。
暗殺された時に持っていた刀の鞘です。
記録のとおり相手の刀を鞘ごと受けたあとが生々しく残っています。
そしてこの時抜けなかった無念の刀が今回の新発見。
こちらの刀です。
これはもともと坂本家からの寄贈を受け京都国立博物館で保管されていたものでした。
刀を特定するには焼き入れによってできた刃の模様刃文を調べますが以前の調査では…しかし去年博物館が最新の機械で調べ直したところ刃文の撮影に成功。
龍馬の刀陸奥守吉行の特徴と一致しました。
龍馬ファンをはじめとした多くの人の…龍馬通でもある有名予備校の日本史講師金谷俊一郎さんもその一人です。
びっくりしましたね。
ああそうなんだと思ってね。
やっぱりだからこそでも逆に言えば…明治という新しい時代を目指し故郷の土佐を脱藩した龍馬はこの刀を手に入れようと…「今回兄上にお願いしたい事があります。
いにしえの人も言うように武士が国家の難題に取り組む時には必ず先祖伝来の宝刀などを与えられるものです。
どうか兄上が私にふさわしいと思われる家宝の刀をお与え下さい。
そうすれば私が死ぬ時も兄上のそばにいるような思いでいる事ができます」。
もともと龍馬というのはね子供の頃は…子供の頃あんなんだったけど…手紙を読んだ兄は龍馬の望むとおり家宝の刀を贈りました。
龍馬はよほどうれしかったのでしょう。
すぐさまお礼の手紙を書いています。
「先日兄上から贈って頂いた吉行の刀の事ですがいつも腰に差しています。
最近友達が京都に出てきたのですがこの刀を見てしきりに欲しがります。
これは兄上から頂いたものだと私も自慢しています」。
兄からもらった刀を抜けずに志半ばで暗殺された龍馬。
その命日には今も墓前に…国のためふるさとのために最後まで一生懸命だった坂本龍馬。
その熱い日々をこれまでより身近に感じられた今回の新発見でした。
陸奥守吉行という刀はとてもいい刀なんですけどそこまで高くないんですよ。
龍馬の家才谷屋というのは豪商なのでお金いっぱい持ってるんですよね。
それなのに何で龍馬があの陸奥守吉行をずっと差し続けてたかという事がよく分かりましたね。
「これをいつもこれ腰に差してるんですよ。
これを仲間が欲しがってねその度に『駄目これお兄ちゃんからもらったもんだから』と僕は言ってるんです」というのね。
何かほんとに肉親に書いてる手紙だなというそんな感じでしたね。
(植木)本当ですね確かに。
私たちの知っていた坂本龍馬像と違うそういう何かね…すごい面白い。
今年1月。
龍馬の更なる新発見がありました。
暗殺される5日前に書いた手紙が出てきたのです。
「先頃申し上げた三岡八郎の上京の件を急ぐよう上に働きかけて下さい。
三岡の上京が1日遅れると新国家の財政も1日後れを取ってしまいます」。
手紙は龍馬が新政府に欠かせないと見込んだ人物の上司に宛てたものでした。
龍馬が推薦した三岡はその後明治新政府の一員として財政を確立。
今回の手紙は龍馬の志が同時代の仲間によって受け継がれていた事を改めて教えてくれました。
新しい事実というのはどんどん出てくるという事ですよね。
明治維新がちょうど150年なので…龍馬の手紙なんかはまだまだあるかもしれませんね。
そうするとますますいろんな事が分かってくる。
こういう文書が出てくる度にいつも思うのがやっぱり戦争でね米軍の…
(本郷)それはほんとにそうですね。
どれだけの文書が残っていたかね。
それはまああれですけど。
ただやっぱり日本の場合は…ですから古い時代のものは写しがあるんですね。
非常にいい写しが。
そういう意味では…こういう手紙とか文書の類いは。
そういう意味で言うとこれからも出てくるといいなという。
歴史の新発見は手紙や写真ばかりではありません。
去年5月戦艦大和の潜水調査が行われました。
水中カメラが捉えたのは直径5mもある大型のスクリュー。
そして日本海軍の戦艦である事を示す菊の紋章。
私たちの想像以上に世界は昔からつながっていたのです。
その証拠がもう一つ。
「破斯清道」という名前が書かれていました。
「破斯」とは古代中東の国ペルシャの事。
平城京にはなんとペルシャ人の役人がいたのです。
毎年新しい発見によって変わり続ける歴史の姿。
次はどんな新発見が私たちに届けられるのでしょうか?2017/02/10(金) 20:00〜20:43
NHK総合1・神戸
歴史秘話ヒストリア▽新発見!ヒーローはこんな人だった?!歴史NEWS一挙公開[解][字]

“人たらし”と言われた豊臣秀吉は、実はパワハラ上司だった?!坂本龍馬が暗殺される5日前の自筆の手紙が出てきた!この一年のあっと驚く“歴史ニュース”を一挙蔵出し!

詳細情報
番組内容
この一年も、歴史の新発見が相次いだ!葛飾北斎の“幻の絵”が100年ぶりに発見!豊臣秀吉の手紙が33通も見つかった!新選組、龍馬…、歴史ヒーローの驚きの素顔が次々と明らかに!歴史大好きの落語家・春風亭昇太と心理学者・植木理恵が参戦!あっと驚く“歴史ニュース”から、隠されたエピソードや意外な人物像を読み解く。「ヒストリア」蔵出し映像も一挙公開!教科書とはひと味違う“生きた歴史”物語がいま始まる!
出演者
【ゲスト】春風亭昇太,植木理恵,【解説】本郷和人,今野敏,浅野秀剛,佐々木亮,金谷俊一郎,【キャスター】井上あさひ