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書き起こし サワコの朝【石川さゆり▽演歌の枠をこえて】 2017.02.25

(阿川)おはようございます。
阿川佐和子です。
今日のゲストは演歌界の大御所というか紅白歌合戦界の大御所歌手の石川さゆりさんにおいでいただきました。
おはようございます。
おはようございます。
おじゃまいたします。
どうも。
ふふふっ。
こういう格好してらっしゃるとねあっ石川さゆりさんって思うんだけど実は私…何度か遭遇してるんですよね。
プライベートな時にね…。
そうお芝居とかコンサートとか…。
そうです。
でお互いに気がつかなくってね。
そうそう。
石川さんだってほんとに美人敏腕社長女社長みたいな感じで。
バン!なんで?なんで?うわっこのきれいな人誰だろうと思ってしばらくたってからあっ石川さんだった挨拶するの忘れたって。
ちょっとこう洋服着てその髪の毛もこう上げてないと全然違うイメージなんで。
だからもうヘアメイクさんとかお着物を着せてくださる方とかみんなの力を総動員してこの石川さゆりが完成しております。
石川さゆりになるわけですね。
もう普段はあんな感じ。
あんな感じ…。
(ナレーション)今日のゲストは…。
デビューのきっかけは中学3年生の時テレビの「ちびっこ歌謡大会」で優勝したことでした。
最初はその曲が「津軽海峡・冬景色」。

(場内拍手)紅白歌合戦には女性では最多の39回出場。
去年の紅白では紅組の取りを務めました。
この時歌ったええ〜?今日は演歌界の女王石川さゆりさんが歌に秘めたアツい想いをサワコに語ります。
デビューして何年になるんでしたっけ?私?45周年。
45周年。
はい。
もうだってお嬢様も随分大きくなられたそうで。
お嬢様がね33です。
33の誕生日を迎えられた。
迎えちゃったんですね。
そちらの方面は?う〜んまだのようですけど。
嫁に出す日は…。
あっ結婚したんでしたっけ?いやいやいやそうじゃなくて。
石川さんは?私?幸せになりたい。
なんの話もなく。
なんの話もなく。
うん。
えっ恋するなんか片思いでもこの人と…。
いいですね〜。
ああ…殺していいですかみたいな。
もうそれが嫌なんですね。
何が?もう殺していいだとかそういうのは…穏やかなのがいいですね。
(一同)あははっ!穏やかな幸せが欲しいんですけど。
激しいのは歌だけで。
あははっ!まずはあの〜記憶に残る一曲。
すごく古い歌ですよ。
別に私この歌の年とは関係ないですからね。
それ言わなくてもいいって…。
「船頭小唄」。
「船頭小唄」。
古いなんてもんじゃなく大正時代。
大正時代の歌ですか?これ。
あの…それを私の祖母がいつも歌ってたんです。
中学校の3年生夏休みにテレビのコンクールがあったんです。
でそれは私が出ようと思ったんじゃなくて。
歌のコンクール?そうです。
でお友達が応募したんです。
へえ〜。
そしたら夏休みで田舎に帰らなきゃいけなくなっちゃったんですそのオーディションの日に…返事が来た日が。
で「ええ〜もったいないテレビ局行ってみたい」って言いながら。
「じゃあその返信ハガキを私に頂戴」ってもらってオーディション会場へ行って名前を書き換えて歌ったんです。
ええ〜!その時にえっ急に来ちゃったけど歌えるの?じゃあ何にしようと思って「船頭小唄」って。
あっもうおばあちゃんがよく歌ってくれてた歌だからって。
そこでオーディション受かってしまってテレビに映ることになってしまってグランドチャンピオンになっちゃったの。
おお〜。
いや〜。
この渋い歌を。
渋いというか暗いというか…。
暗いというか中学3年の女の子が?うん。
何を思ったんでしょうねとっさに…だからとっさに何歌っていいか分からなくてこれを歌ってしまったんですね。
それで猪俣公章さんが審査員だったんですけど「う〜ん何考えてんのかねぇ」って言われて。
まあジーパンでもう帽子かぶってほんとに普通の中学生ですよね。
「このミスマッチがおもしろかったな」っておっしゃったの。
ミスマッチでしたね。
でも小学校中学時代っていうのは特に歌を歌ってたとか。
歌のお稽古してましたよ中学生になってからは。
やっぱり好きだったの?歌い手になりたくて。
最初から歌い手になりたい気持ちは…。
(石川)はい。
母がすごく島倉さんの大ファンでそれで熊本に公演にいらした時にまあ私を連れていったんですね歌謡ショーに。

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  でその時の島倉さんがきれいできれいできれいですばらしくって。
でその時にあっ歌手になりたいって。
私はねだから結構そういう意味では幸せにわがままに。
ええどういう性格なんですか?
(石川)私?約束したことは守る。
うん。
んん…嫌だと言ったことはやらない。
ふふふっ。
じゃあ嫌だって思ってることを無理やりやらされたことはあんまりないんですか?ないです。
あの…よくこう45年も歌ってるとどこで歌うのも歌うことは同じなんですけどもキャバレーのお仕事とか行ったことないです。
あっそうなんですか?はい。
そのころはまだタバコが煙がすごくってっていう私の中で子どもだったんでしょうねイメージがあって。
だからそういうキャバレーでは歌いませんって。
今ディナーショーだってやってるんですよ。
(息子)《久しぶりの実家だった》…これか。
(母)あんたの荷物黙って片付けるのもアレだからさ。
勝手に片付けてよ。
私たちがやったら腰やっちゃうよ。
《古い荷物片付けろと母からの呼び出しだった》
(父)な〜んて言ってるけどなぁお前の顔を見たいんだよ母さん。
もう少し顔出せ。
・お父さ〜ん!ちょっと手伝って〜。
おう!《会えていない時間が父と母に年をとらせていた》
(ナレーター)愛する家族に贈りたい家電があります。
軽〜い!どれどれ。
驚きの軽さ2キログラム。
体への負担を軽くする掃除機。
パナソニック「Jコンセプト」はい!・撮るよ撮るよ!今度いつ来るかね。
そのうち来るさ。
それでだって「ホリプロ」に入られて。
そうですそうです。
「花の中三トリオ」になりかけた…「かけた」って言い方もないけども。
あの〜森昌子さんがデビューして石川がデビューして山口百恵さんがデビューして。
でまあ事務所の思いとしては「ホリプロ3人娘」っていうのを作りたいっていうふうに思われたんですね。
まあ私が1人こけまして。
なんで?分かんない。
私だって売れたかったですけど。
あははっ!それお前はいらないってある日言われたんですか?いやいらないっていうんじゃなくてあのころそういう「3人娘」とか「御三家」ってよくそういう言葉を使いましたよね。
そうでしたね。
で「ホリプロ3人娘」って言っていただいて3人をそろえるつもりだったのがうん…私がちょっとこけてしまったので私よりも1か月早くデビューした桜田淳子さんとやはりみんなお2人とも「スター誕生!」だったので。
出身だった。
ええ。
で私は他局だったのでええ〜「スタ誕3人娘」…スッと。
その変わりの早いことね。
芸能界は早いと思いました。
それがおいくつの時ですか?ええ〜15?15。
でも私はすごく幸せなことに局のディレクターの方とかいろんな方が「頑張れ」って言ってくださる方がたくさんいたので「いつか…君の歌はいつか売れるよ」って。
でもその「いつか」っていつ?って。
いつかとお化けは出たことないって言うじゃない?あははっ!それでいつかいつかと言われて15曲目に「津軽海峡・冬景色」に出会ってこれが阿久悠さんの…。
そう。
阿久悠先生ともう三木先生のもうほんとに探してくださったええ〜石川さゆりの歌でしたね。
でそれまでは明るいその年齢らしい…。
そうですそうです。
おミニスカートはいてた時もあるんですよ私にだって。
ほうほう。
ほうほう。
でこう振り付けたりして。
そうこうやってね振りも付いたりしてたんですけど。
そうするとガラッと違うじゃないですか。
いちばん最初は…あれはメロディー先行なんです。
作詞が先ではなくて…。
ええ。
メロディーから先に出来たっていう。
三木先生のメロディーがもう…。
・ララララララララララ…
(「津軽海峡・冬景色」)もう暗〜い感じで。
あははっ暗いのね。
メロディーだけ届いたんですか。
で「ああ津軽海峡・冬景色」そこだけ入ってたんです。
へえ〜。
でええ〜暗い歌だな…。
でもあの当時三木先生はアレンジも全部書いてくださったんですね。
で「・ジャジャジャジャ〜ン」ってあのイントロを聴いた時に何かもうすべてが吹き飛んであっ私の体の中全部からこの歌をこう吐き出したい。
なんか子どもながらにそんな想い…。
まだだって10代だった…。
18。
18だったんですね。
じゃあイントロから火がついたんですね。
やるぞみたいな。
(石川)うん。
もう勝手に私のイメージの中ではなぜかジャ〜ンって波が砕けて歌い手の頭の中って分からないでしょ。
分かんない。
何が見えてんだろうって。
何考えて歌ってるんだろうって。
そう思うでしょ。
ジャ〜ンってこう岩に波が砕けて「東映」っていう字が。
あははっ!東映映画のね。
ザパ〜ン!「東映」って。
でそのあとに「津軽海峡・冬景色」って勝手に自分の中で。
もう映画化されてるの。
そう映画化されて…。
あははっ!ああそう。
でこれを歌っていこうっていうそんな感じ。
この海の岩にぶつかる海の気持ちになって。
そうですそうです。
いちばん最初の頃はね「・ジャジャジャジャ〜ン」っていってもうそんな映像はないと思うんですよ。
バ〜ンってこうやって手を上げてるの。
何を思ってたんだろうって思うんですけどきっとその時の私の想いだったんでしょうね。
「東映」になってたの。
そう「東映」。
それで歌いだしてたんですよ。
(娘)《久しぶりの実家だった》
(父)みんなで食べるとおいしいよなぁ!
(母)いつもはこんなに食べないのよ。
そうなの?
(ナレーター)愛する家族に贈りたい家電があります。
2人分でもかまど炊きのおいしさに炊き上げる炊飯器。
パナソニック「Jコンセプト」最高だよ炊飯器!ふふ。

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  また食べに行くからね。
(草刈)連れてけって言うから。
(友人)来たかったのショウルーム!10年も?
(コンシェルジュ)ファンそうじがいりません。
え〜!10年も!?泡で!?自動で洗ってくれるんです。
え〜!泡で!えっ?酸素?酸素を含んだミクロの泡でぽっかぽかになるんです。
ぽっかぽか〜。
リフォームしたくなっちゃった!私よりこだわるかも。
お任せください。
(ナレーター)リフォームはパナソニック。
石川さゆりさんの代表曲「天城越え」。
この名曲を歌う度に心がけていることがあるそうです。
・山が燃えるじゃあ意識してやってることって何かあります?その女を感じることですかね。
レコーディングの時にまずええ〜作詞の先生方まあディレクターとか作曲の先生みんなで「今度の女の人はどうします?」とか。
そういう相談をするんですか。
そんな話をしたり…ええ私たちはしました。
で「A型にします?O型にします?」。
えっ血液型も?そう。
おもしろい。
いろんなこと言いながら。
これだって「あなたを殺していいですか」やっぱりここインパクトありますけど。
いいんじゃないですか。
あははっ!そういう女になっちゃう。
それくらい愚かに人を愛していけたら幸せだろうなって思いますよね。
で歌だからなんでもオッケーなんです。
そのところではね。
ほんとに殺しゃあしないしね。
だから「歌」って楽しいしだったら思いっ切りもういっちゃえっていう。
あの〜お若い頃は28ぐらいの時に歌ったのと少したってから歌うのと全然違うって。
それはね。
だって「あなたを殺していいですか」って若い時はほんとにこの人殺しちゃうかもっていう。
でも女も段々こう賢くなってくるじゃないですか。
脅しかけながらっていうことも…。
ええ〜?分からないけどないですか?じゃあ最初はもうほんとに…。
佐和子さんはどう?好きな人になんかこうがあ〜っとほんとに怒る時にほんとに殺す勢いで怒ります?まあ瞬間はね。
でもどっかで冷めている自分もいて。
ちゃんと客観視している自分も…。
笑っちゃうねっていうのは。
そうそう「笑っちゃうね」。
でもそれがまた怖かったりするでしょ。
まあそういう変化はありますよね。
だから若い頃はもっとこう一途な…。
「もう許せない!」。
事件になっちゃう…。
出刃包丁持ってるみたいな感じの。
そうですね。
まあそれが「いいんですか?」って言っただけとかね。
「あなたよろしいの?」って言われたらもっと怖いじゃないですか。
みたいなそういう解釈の変化はありますよね。
それでは28歳と最近ではどのように歌い方が違うのか。
「殺していいですか」の歌い方に注目してご覧ください。
まず28歳の時。
とかくなんていうかあまりにもヒットしちゃった歌を皆さん望まれるからなんか本人は飽きちゃうっていう。
いや私はね飽きるっていうのはないんですよ。
いつも違う景色が見えるしいつもなんかこう女の心の変化があるんです。
ほう〜。
だから「天城越え」ももうほんとにもう何回も歌ってるけど毎回アレンジも歌も…。
歌い方も…。
ええ違ってるはずなんです。
っていうか自分の中ではねそうしてるの。
だから去年はあの〜何か日本であることをいっぱい意識してお届けしたいと思ったのでイントロから邦楽だけで歌いましょうとか。
でお着物もほんとに日本の文化っていうものを…。
総絞りの着物でしたね。
(石川)ええ。
そういうものもお楽しみいただきたいと思いましたし。
全パフォーマンスをやったんですねあれは。
いつもこうやってお着物着てても今日もテーマがあるんですよ。
失礼しましたはい。
今日は?今日は「佐〜和子ちゃん遊びましょ」っていうのが。
ここの帯猫ちゃんと…。
猫の帯。
(石川)これネズミさんがねチェスをしてるの。
あっ猫とネズミがチェスしてるんですね。
(石川)そうなんです。
ちょっとこれ背中を見せていただけますか?すみませんねお立ちいただいて。
ここにもほらこの満月の…。
まあなんか優雅ね。
(石川)みんなで仲よくしようよ遊ぼうっていう。
まあそんなねいつもお着物もテーマを決めて。
こういうお着物は全部ご自分のもの?はい。
ステージで歌う時も?そうです。
ねえ〜だからお着物じゃなかったらどんだけお金持ちに…。
あははっ!そんなこと言うか。
着物大変!何百着ぐらい持ってらっしゃるんですか?「0」が3つぐらい。
「0」が3つぐらい…。
かな。
どこにしまってるんですか?ってミーハーな質問。
ええ〜っと下から上までみんなこう引き出しにして全部あの〜ナンバリングして。
うん。
ふふっ。
それでもうお写真にまとめてで何番のお着物と何番の帯と今回はこういうふうにっていうふうにして。
図書館だなほとんど。
そうなんですそうですそうです。
あの〜この番組では何番と何番をこういうふうに着ましたって。
図書館ですね。
だから今度はちょっと…。
絶対に同じものは着ない。
着ないように?じゃあ稼いじゃ着物につぎ込んで。
ふふっ。
皆さんに楽しんでいただければうう〜幸せです。
あははっ!だってまあ「天城越え」が出囃子っていうかイチローさんも追っかけて…フィラデルフィアだっけ?あっ毎年行ってるんですよ。
毎年行ってるんですか?もうですからそうですねあの〜いちばん最初にコンサートに来てくださってそれでそのバッターボックスに立つ歌「天城越え」を貸してくださいっていうお話からもう10年ほどたってるんですね。
お断りがあったんですか?ん?そうですそうです。
だってその曲を作んなきゃいけないから。
あの時ひどかったんですよ。
私は明治座の公演をやってる最中だったんです。
で私スタジオに入ってマーティ・フリードマンまで入れて入っていただいて音を作ってバッターボックスの音をプレゼントしたの。
あっ作って?
(石川)うん。
そう録音して。
ほうほう。
そしたらなんておっしゃったと思います?「大変ありがたいんですけどこれじゃ僕は戦えません」。
ええ〜?もっとなんか地鳴りがするような感じって言われてもうクソ〜!と思って負けないぞと思って劇場終わってスタジオを押さえていただいてもうまたマーティ・フリードマンさん来ていただいてギャンギャンのあの〜もうヘビメタに近い感じの「天城越え」を作って。
もういっぺん録音し直して?そうです。
で劇場でお客様が跳ねたあと帰ったあとにもう館内ガンガンにそれ鳴らして真ん中で聴いて「オッケーこれだったらいいんじゃない」って言いながら。
これなら文句は言わせねぇみたいな感じ。
そう。
それであの〜お届けしてまたあの…バッターボックスに立ってくださったっていうのがスタートなんですけど。

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  そんなことをしてあれ作ってらしたんですか。
やはりこうイチロー選手が何かこう海を渡って日本人として頑張ってると思った心意気ですよ。
でプレゼントしますって言って。
でまあそれから毎年行ってるんです。
へえ〜。
ちょっと前のことになるんですけれども私テレビで石川さんが椎名林檎さんの歌を歌ってるのを見て衝撃を受けて。
まあ。
こんなコラボレーションがあるのかと思って。
ねえ。
あちらが作曲作詞したり?もちろんあの〜楽曲を作っていただいてます。
石川さんのために新しく作って。
カバーじゃないわけでしょ?ええ。
あの〜「不条理」っていうのを椎名さんの中で膨らませていただけたら…。
「不条理」というテーマを出したわけですか。
プロデューサー能力もあるんですね。
椎名林檎さんが作詞作曲しそれを石川さんが熱唱。
「新たな石川さゆり」を感じる曲がこちら。
・だけどこの命一思ひに投げ出した相手は・唯
(たった)一人だけ・噫こんな奥底を突き止めて置きながら・知らぬ存ぜぬぢや余り然
(そ)で無いわいなあの〜いろんな人がその今ピンとくるというか今この人が新しいって思う人とやっていくっていうのは不本意かもしれないけど演歌歌手というイメージの石川さんからなんかこう殻を破ってドカンと出したいっていう…。
というよりもいちばん最初は阿久悠さんであったり吉岡治さんであったりすばらしい先生方にたくさん楽曲を頂いて子どもの時から歌ってきたんですけど。
10代の時から。
あの〜そうですね2004年ぐらいから毎年ですよあの…天国にいってしまわれて。
で私の歌を書いてくださる方がああ…誰が書いてくださるんだろうってもうぼう然としちゃってた時期があるんです。
でその時に吉岡治さんの奥様が「もうさゆりちゃんあのね今からはあなたが自分自身で動いて自分で歌を作るか探すかやっていかないと何も生まれるものはありませんよ」って言われた時に…。
奥様が?そう。
ああそうなんだって目からウロコで。
こう自分がこんなことをやってみようよっていう声かけをしたり歌探しをするそんな時が来たんだな〜って。
あっそれで能動的に自分自身で意志も含めて動いてみようと。
はい。
へえ〜。
じゃあそろそろ2曲目を教えていただきたいのですが。
今心をこうドカンと響かせる曲は?んん〜いつもなんですけどよっしゃ!っていう時はこう部屋の中に流してしまうというのは「ロッキーのテーマ」。
そんなにお好きだったんですか「ロッキー」。
大好きでしたね。
ああ〜もう今日は駄目だって思う時でも「・チャチャ〜ンチャ〜ン」って単純でしょ?意外に単純。
(石川)うん。
でもそんなもんなんです人間って。
いい!いい!いい〜!あははっ!元気になっちゃう。
時々お聴きになるんですね。
やりますね。
で矢野顕子さんがニューヨークにお住まいなので2人ではいフィラデルフィアまで行ったんです。
でフィラデルフィアといったらロッキーのこういうガッツポーズの像があるんです。
「いや〜うれしい!ちょっとやろうよ」って言って2人でガッツポーズして…。
何やってんだか世界的歌手が。
そしたらこんなおっきなおばちゃんが「カメラ貸しなさい撮ってあげる」って。
でアッコちゃんが「やめた方がいい」「いいって撮ってくれるんだから撮ってもらおうよ。
イエ〜イ!」ってこうやって2人で撮ってもらったんです。
そしたら「はい1ドル」って言われて「ほらだから言わんこっちゃない」って言われて。
あっそうなの。
そうなの。
まあでも…。
まあ1ドルじゃあね。
うん。
ロッキーを見てふふっ帰って来ました。
53歳での出産秘話を語ります。
今後も…。
多彩なゲストが続々登場。
お楽しみに!2017/02/25(土) 07:30〜08:00
MBS毎日放送
サワコの朝【石川さゆり▽演歌の枠をこえて】[解][字]

歌手/石川さゆり▽「『あなたよろしいの?』って言われたらもっと怖いじゃないですか」デビュー45周年!紅白で、女性最多数出場回数を果たした魅力に阿川佐和子が迫る!

詳細情報
番組内容
ゲストは、歌手の石川さゆりさん。芸能界デビュー当初は同じ事務所に所属する森昌子、山口百恵と「花の中三トリオ」になりかけたが外され、、売れない時代を過ごしてきたと告白…。だが1977年、18歳の時に『津軽海峡・冬景色』が大ヒット!それを皮切りに『天城越え』など多くの名曲を世に送り出します。最近は、椎名林檎さんなど演歌以外で活躍する歌手とのコラボレーションを披露し話題を呼んでいます。
 
番組内容2
代表曲の『天城越え』を歌うときには“主人公の女”を感じながら歌うことを心がけているとか。曲中の歌詞“あなたを殺していいですか”の歌い方が昔と現在ではどのように違うのかVTRで検証!
石川さんのトレードマークともいえる着物は、全て自前とか。毎回テーマを決めて選ぶという着物の総数は、1000枚以上。大量の着物を保管する方法するとは!?
艶やかな声で人々を魅了し続ける石川さゆりさんの魅力にサワコが迫る。
出演者
【司会】
阿川佐和子
【ゲスト】
石川さゆり(歌手)