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字幕書き起こし 日本の話芸 瀧川鯉昇 落語「茶の湯」 2017.03.05

(テーマ音楽)
(拍手)
(拍手)
(笑い)
(瀧川鯉昇)穏やかな日はそう続かないようでございます。
寒さが戻ってくるということでございます。
寒さは戻ってくるんでございますがまだ女房が戻ってこないという…。
(笑い)そんな仲間が楽屋には何人かおります。
陽気の変化に体がついていかれないというまぁまぁそんな事を実感する年齢にさしかかってまいりました。
60を3つ越えました。
「もっと上だろう?」という眼差しを長年感じて…。
(笑い)人生を歩んでいる訳でございますが。
いろんな事がなにかこう面倒に感じるというんでございますかね盆暮れの挨拶それから年賀状というこれが近年大変荷になってまいりました。
この間もお客様に言われたんですが「俺ぁねお前の世話をもう長年してるんだから年賀状の一本ぐらいよこさないってぇなぁ失礼だろ」とまぁお客様に言われたんですけどそんなに年賀状が欲しいんでしたら先にそちらのほうから往復はがきで家へ送って頂きたいです。
(笑い)裏のほうももう全部書き込んであります。
「本年は『1番おめでたい2番おめでたくない3番どちらでもいい4番分からない』」のどれかに丸をしてお返しをするぐらいの労力はまぁいとわないんでございますが。
で私は生まれが静岡県の浜松いう所でございましてね静岡の生まれだという話を楽屋でしておりますと必ず先輩周りの方から言われるのが…。
「静岡いろんな物が取れんだってな〜」。
「ええ。
何でも取れますよ」。
「ミカン」。
「ミカンがねそらぁまぁ見事なもんですよ。
ええ。
緑の山がそれこそオレンジ色一色に変わろうというそういう土地です」という話をすると必ず言われますね。
「やっぱり産地というのはただで食えるのか?」と言われるんでございますがね。
ええ。
(笑い)そらぁまぁ産地でございますけれども昼間はお金を出して買うんでございます。
(笑い)まぁ夜はいろんな方法があるんでございますけれどもね。
ええ。
それ以外にもお茶という。
ええ。
親類にお茶農家がございます。
これはまぁ親類のおつきあいが大事だなという事を痛感するのが毎年5月の連休明けでございます。

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  「あ〜そろそろ新茶の時期かな?」と故郷に思いを馳せておりますと親類のお茶農家…もう故郷を出て四十何年の間でございますがね毎年でございます。
ええ。
5月の連休明けになりますと親類のお茶農家から私の家へ去年の新茶を山ほど送ってくるんでございます。
(笑い)まぁ大体4リットル6リットルと大変な量のお茶を飲む習慣が身についております。
大変健康的だという。
もし私が長生きをする事ができたとしたらそののべつ飲んでいるお茶のおかげだろうと思ってる次第でございます。
もし長生きする事ができなかったとしたらそののべつ飲んでいるお茶の葉っぱを滅多に買えないところに原因があるのかなという思いでございますけれども。
まぁ何でも昔ながらのものがいいという訳ではないんですけれどもねええいいものは見直されるというまたそんな世の中になったようでございますけれども。
「おいおい定…定吉」。
「え〜い」。
「こっちへ来なさい。
何をしていた?」。
「ええ?あの〜どうも」。
「どうもじゃないお前は。
またうたた寝をしていたな?」。
「エヘッうたた寝してません。
うん熟睡でした」。
(笑い)「どうしてそういう無駄な事をするんだ」。
「いや無駄ってぇますけどねええこの隠居所へお供をして来てかれこれ一月経つんですけどいいえ越して来た時はですよええ荷ほどきがありました。
『ご近所に挨拶に行くからお供についてこい』と。
『あ〜結構忙しいもんだな』と思ってましたけど一月経ったらこれといってやる事が無いんですよ。
毎日退屈してますから」。
「あ〜そうか。
いや実はね私も蔵前のお店のほうは伜に身代を譲ってお前を連れてこの隠居所に越して来たんだけれどもねいやいや同じだ。
端のうちはね『なかなか忙しいもんだ』と思っていたがここへきてこれという用が無いんだ。
うんうん。
どうだ?お前と二人で何か始めてみるか?」。
「ハア〜何をですか?」。
「あああのな先に住んでいた方が風流人と見えてな囲炉裏が切ってある。
お茶道具が一式残っているんだ。
どうだ?二人でお茶をやってみるか?」。
「あっあの〜おお茶お茶の栽培ですか?」。
「栽培はやらないな。
お茶を飲むんだ」。
「あ〜そうですか。
あの〜毎日の…飲んでます」。
「いやいやあれもお茶に違いはないけれどもな見た事ないか?蔵前で私の伜が時々お客様にふるまうあのお茶」。
「あの〜…あ〜知ってますあのお丼の中に青い粉を入れてお湯をなみなみと注いであの〜グルグルかき回して泡…泡立てるやつ。
面白そうですね。
いやあれ一遍やってみたいと思ってました」。
「あ〜そうか。
いや私ねこれを学んだのが随分子供の時分なんだ。
ああ。
忘れている事がたくさんある」。
「あ〜そうですか?あの〜ど…どんな事忘れちゃったんですか?」。
「どんな事というような事ではないんだな。
全体的にモヤモヤモヤ〜ッとした状態だな」。
「あ〜そうですか。
あの〜何か手がかりは無いんですか?」。
「手がかりと言えるかどうか分からんがな初めに使うあの青い粉だ。
あれが分かるとあとがスラスラ出てくるような気がするんだけどもな」。
「あ〜あおあお…あっ青い粉ですか?あ〜あの〜私知ってます」。
「あれ知ってるか?なんだ知ってるんなら無理に思い出す事はなかった。
よしよしじゃあなこれ持ってちょっと買ってきておくれ」。
「行ってきました〜」。
「早いな。
何を買ってきた?」。
「あの〜角の乾物屋で青黄粉を買ってきました」。
「それだ。
そうそうそう」。
(笑い)「だんだん記憶がよみがえってきたな。
ああ。
確か『茶道入門』の3ページ目の左端の所に書いてあったな。
『お茶を始めるにはまず青黄粉から揃えなさい』。
そうか。
よ〜し始めよう」という。
二人でお囲いに入ったんですがまぁ炭の切りようなんぞは分かっておりませんで山のように炭を盛り上げますとそこに火種を一つ載っけまして。
「定。
渋団扇をこっちへ持ってきな」。
これをバタバタバタバタ煽ぎ始めます。
もう部屋中灰が舞うやら火の粉が飛び交うというお茶というよりも焼き鳥に近い状況でございまして。
(笑い)しばらくすると火がカンカンと熾て参りました。
「おいおい。
いい按配に火が熾たな。
ああ。
そのなお釜がそこにあるから水をはってこっちへ持ってきなさい。
よ〜しよしよしよし。
じゃあひとつなあ〜お湯が沸く間にお道具を揃えておくか。
そのな後ろの棚にいろいろ載っかってる。
ああ順番にこっちへ持ってきなさい」。
「あっそんじゃあお丼が大きいのと小さいのとありますけどど…どっち使います?」。
「あ〜その大小とあるのそれはな夫婦丼と言うんだな。
うん。
大きいのが男持ち小さいのは女用だから大きい方をこっちへよこしな。
うん。
それからねあの〜青黄粉を入れる入れ物が…。
ああああ。
そうそうそう。
それちょっとこっちへ取りな」。
「あの〜これはご隠居はん何て名前ですか?」。
「あ〜それか?それはねなんとかいう名前なんだな。
ああ」。
(笑い)「思い出したらお前に教えてやる」。
「イイ〜ッ本当はご隠居はん知らない」。
「いや。
知ってる。
忘れているだけだ。
え〜っとねそれはほらあの〜あれあのなあの〜ほら果物の実のような名前なんだそれな。
え〜っとねパパイヤとは言わないウ〜ンあっ確かそれな杏」。
「ウフッおかしいですね。
この前ね若旦那これ棗っつってます」。
(笑い)「先に言いなさい先に。
所が変わると呼び名が変わるの。
うんうん。
じゃあ今日は棗棗という事にしておくから。
それからなかき回すささらが…。
あ〜よしよしこれこれこれこれなんだ。
ああ。

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  これはねお茶に使うからお茶ざさらまた別名上品なところ座敷ざさらとも言ってな床の間に置いとくだけでも品のあるもんだうんいい形だこれがな。
あ〜それからな粉をお丼に移す大きめな匙が…。
ああ〜。
そのな象の耳かき」。
「象の耳かきですか?」。
「そう。
ふだんはな上野の動物園に置いてあるんだ。
うんうん」。
(笑い)「まだ何か残っているか?」。
「あの〜ご隠居はん布が一枚残りましたけどこれ何に使うんですか?」。
「お〜それが肝心だった。
いやいやうっかりしていた。
いやお客様の中にはなそそっかしい方がいる。
途中でお湯をひっくり返したりなんかした時にその布でツ〜ッと拭く」。
「これ雑巾ですか?これは。
贅沢ですね。
雑巾ってなぁ普通木綿物ですけどこれ羽二重でもって合わせになってます」。
「ああ。
夏になると単衣になるんだ」。
「なんだ着物みたいだ」。
(笑い)「いいからこっちへよこしな。
うんうん。
いい按配だなさっきまでお湯がチンチンチンチンっつったけれどもなガバ〜ンガバンと波打ち始めた」。
(笑い)「ああこの音色を聞くだけでも風流だ。
よしよし私が今お茶を点てるからな私のお流儀をお前もよく見て覚えておくように。
まずこのな青黄粉をお丼にこう移していくとなうん」。
(笑い)「そんなにたくさん入れるんですか〜?蔵前の若旦那もっとチョッピリですけど」。
「あ〜あれはなしみったれの茶の湯だうん」。
(笑い)「私はそういうしみったれた事は嫌いだ。
粉をふんだんに入れたところをなみなみとお湯を注いでガバッとやるというこれが私のお流儀のいいところだ。
これにお湯をこうやって足してな。
うん」。
「このささらでこれをかき回してなうんこれが泡立ったそこをガブッと飲むとこれがまた風流…風流のいい…。
あれっ?なんかしら…白っちゃけた色…。
青みの因が欠けているかな?」。
「青みの因が欠けてますか?いえそういう事があるかなと思ったもんですからね。
さっきあの〜青い絵の具も買ってきてます」。
「ハア〜?」。
(笑い)「少しずつ入れなさい少しずつよ」。
(笑い)「よ〜しよしよしよしよしよしよし。
あ〜見事なもんだ青々としてきた。
青…青々としてきたのはいいが泡立ちが悪いなこれ。
何か泡の立つものも欠けていたかな?」。
「泡の立つもの欠けてますか?いえそういう事があるかなと思ったもんですからさっき一緒に洗剤も買ってきました」なんてんでああムクロジの実というまぁ当時の洗剤を買って参りまして面倒くさいってんでこれを煮えたぎっているお釜のほうに放り込みまして泡が立つなんてもんじゃございませんで。
「ウッフフフフフフッキャ家中泡が飛び交っちゃってカニがまばたきしてるみたいです。
あの〜ご隠居はん私ちょっと『シャボン玉の歌』歌ってもいいですか?」。
「あ〜よしなよしな。
昨日寄席で歌って白けたばかりだからな」。
(笑い)「いい按配に泡が立った。
私のお流儀はこれを『泡千家』とこう言う」。
(笑い)「この辺だなこの辺から泡がこうこぼれかからんとするところに風情を感じる。
よ〜しよし。
まぁこれだけ泡が立ったらなもうかき回す必要もなかろう。
よしじゃあこれな私が点てたから飲め」。
(笑い)「えっ?」。
「飲みなさい」。
「えっ?ええっ?ここれあの〜の…飲み物なんですか?」。
「の…飲み物だから飲みなさい」。
「あの〜飲み方分からないんでご隠居はんあの〜先におて…お手本を示して下さい」。
「飲みようも知らんか。
分かった。
じゃあ私が今手本を示す。
まずな前に置いて姿勢を正す。
むげにお丼に手をかけてはいかん。
姿勢を正したらこれをな上品にこうやるな。
うん。
この辺りを目八分と言うな。
目九分ってぇとこのぐらいになってな目十分ってぇと頭から浴びる場合があるからなこれは目八分に構えてグッと脇を固める」。
「何で脇ぃ固めるんですか?」。
「そらぁこう相手から双差しをくわれんようにな」。
(笑い)「なんかお相撲みたいな」。
「そうそう。
これは元はモンゴルで流行った飲み方だな」。
(笑い)「このまま飲んではいかん。
これをな男は左へ3回女は右へ3回回すな。
うん。
こうやってヨット」。
「オ〜ウッフッ」。
(笑い)「泡が鼻の頭へくっつくからなこういう時は泡を向こうへフウ〜ッ。
戻ってくる隙を窺って飲むんだこれはな。
フウ〜ッ。
ウ〜ンッ」。
(笑い)「ンフフッ。
ン〜フフフフフッ」。
(笑い)「あ〜風流だ」。
「随分難しい顔してやるんですね。
じゃあご隠居はん私もやります。
前に置いて姿勢を正したらジョウ…ジョウ…上品に」。
「ウ〜フッウッフッ。
フウ〜ッ。
ア〜ン。
ン〜ウウウウウウッ」。
(笑い)「ウウウ〜ッ」。
「ウウ〜ウフフッ」。
(笑い)「ウウ〜ッ」。
「お前は2度もどそうとしたな?」。
(笑い)「泡千家でもどしていいのは1度までだ」。
変なお流儀でございます。
翌日から目が覚めると朝っぱらから渋団扇を持って参りましてバタバタバタバタと火を熾し始めます。
朝御飯が済むとまずこれを一杯飲みまして昼御飯が済んで一杯3時のおやつに一杯晩御飯が済んで一杯寝る前にもう一杯。
こんなもの日に5度も飲みましてたまったもんじゃありませんで。
びろうなお話で恐れいりますが2〜3日すると二人とも大変な下痢をもよおし始めましてもう全身から力という力がどんどん抜け始めまして。
「さ〜だ〜や〜」。
「へえ〜い」。
「こっちへ来なさい。
お前は何をしているんだ。
ええ?私が呼んだ時は若々しくもっと元気を出しなさい」。
「無理ですご隠居はん。
元気が出る前に中身が出る」。
「汚いねお前は」。
(笑い)「何をしていた?」。
「おしめの洗濯をしてました。
あの〜今日当たりのいい所へ全部干してきてそれ最後ですからあと代わりが無いんで」。
「分かった分かった。
今日はな力の入らない一日を送ろう。
あ〜それからお前今度な蔵前に行って孫のおしめを余計に借りておきなさい。
ああ何があってもいいように。
あ〜それからなちょいとそこの戸を閉めておくれ。
いや今日は陽気はいいんだが風が冷たい。
こんな時に風邪でもひいてごらん咳をするくしゃみをするゴホンときてもピ〜ッとくるからそこを閉めなさい」。
(笑い)「まぁしかしお前の前だが私ゃ昨夜は往生した」。
「どうしたんですか?」。
「なにしろな一晩に厠へ36度通った」。
「ご隠居はん随分行きました。
私は一遍だけです」。
「あ〜若い者はいいな。
1回で事が足りたのか?」。
「いえ。
一度入ったっきり今朝まで出られませんでした」。
(笑い)「もうご隠居はん大変なんですよこれ。
お茶しばらくお休みにして下さい」。
「ああ〜そうだな〜。
しかしこれだけの道具だてがしてあるんでな誰かに飲ませてやりたいが」。
「あ〜そうですか?あの〜じゃあ孫店が三軒ありますからねええあの〜お豆腐屋さんと頭と手習いの先生ん所じゃあ私ちょっと誘ってみましょう」という。
隠居が書いた手紙を持って定吉が孫店三軒を渡って歩きまして。
「おう。
ご苦労さん。
隠居はんによろしく言っといて。
ええっ?いやいや新しく来た家主の隠居の…。
ああああ。
あ〜いい手をしてるな。
ええ?え〜『本日昼過ぎ小生宅において茶飯の会ちゃ…』。
いやえっ?『茶の湯の会を催したくお誘い合わ…』。
うん?うん?しょうがねえなこらぁおい。
おっおっお〜うっ。
ええ?茶の会の誘いの手紙なんだよ」。
「あ〜らいいね〜。
行っといで」。
「いや。
俺ぁ行かないよ飲みようを知らねえから」。
「教わりゃいいだろう」。
「いやそうはいかねえんだ。
俺ぁねこの界隈でもの識りの豆腐屋で通ってんだからそのもの識りの豆腐屋が茶の飲みようを知らねえってお前いい恥っさらしだ。
ええ?暇人だからな〜一度断わったって二度三度と…。
ア〜ッしょうがねえなこういうつきあいは。
よししょうがねえおっ嬶引っ越ししよう」。
(笑い)「ちょっと待ってお前さんな…何?この飛躍は。
な…何で?」。
「いやここに居ると茶の誘いがくるから」。
「茶の誘いで…。
ええっ?あのねこれだけの店にするのにどれだけ年月を経たと思ってんだよ。
ええ?他じゃね値を上げたりそれであの〜がんもどき小さくしたりなんかして商売してる。
家は開業以来同じ値で同じ大きさでがんもどきの商いを…」。
「面白い奴だねお前は。

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  お前はあれか?亭主が脇で恥をかくよりもがんもどきの大きいほうがいいとそれが言いたいのか。
分かった。
じゃあ俺はもうお前と別れるからじゃあお前がんもどきと籍を入れて」。
「何をばかな事を言うの」。
(笑い)「とにかくねちょっと隣へ挨拶してくるから帰ったらすぐ引っ越しができるように荷作りをしとけ」ってんで隣の頭ん所にお豆腐屋さんがやって参ります。
「お〜い。
だ〜駄目駄目。
二階の物はあとあとあとあと下片づいてから。
ちょっとおっ母さんそこ邪魔んなるからね位牌持ってそこで日向ぼっこして…。
違う違う。
ボロ布に包め割れ物は。
そうそうそう。
そいで箱に入れ…。
いや道中で割れたらどう…。
おうおう。
妙な者が入ってこねえようになそこでしっかり見張っていな」。
「え〜ごめんくださいまし」。
「おっおうなんでえ豆腐屋じゃねえか。
どうした?」。
「え〜実は私この度よんどころのない事情がございまして急に引っ越しをする事になりました」。
「エッエエ〜ッ?あの〜商い…」。
「いや商いには障りはないんでございますがえ〜よんどころのない事情が持ち上がったんでございます。
あの〜え〜頭ん所も何か4日前に造作が終わったばかりでございますがな何かまた…」。
「ア〜ッいえいえいや家はちょっとよんどころのない事情で今こうなってる」。
「何か…?」。
「い…いやなな…。
お前に隠してもしょうがねえや。
え〜あのね新しく来た家主の隠居あそこから手紙が来たんだよ。
ああ。
そしたらお前茶の会があるから来いってんでねこっちは半纏ひっ掛けて出かけようと思ったところに婆が飛び出してきたんだよ。
『お前はお茶の飲みようを知ってるか?』『何を言いやがる。
こちとら職人。
そんなものは知る訳無え。
第一おっ母さんお前が俺に教えた覚えは無えだろう』って言ったら『勝手に出かけて恥をかく。
お前は構わないけれどもお前の恥はご先祖様に対する恥になるからお前がどうしてもお茶の会に行くんなら親子の縁を切ってから行け』って婆がそう言うんだよ。
そこへ嬶が飛び出してきて『そうだ。
お前さんの恥は私の恥になるんだからお前さんがどうしてもお茶の会に行くんだったら離縁をしてから出かけろ』って。
そこへ若い者が大勢集まってきやがった。
『親分の恥は子分の恥になるから親分がどうしてもお茶の会に行くんだったら親分子分の盃を水にしてから行ってくれ』。
何で家がお茶のために一家離散をしなくちゃいけねえんだよ。
ええ?『ばかばかしいやここに居たらまた誘いがくるからよ〜。
ええ?どっか行こう』っつって。
落ち着いたらお前ん所に知らせをしようと思っていたんだ。
まぁまぁそういう訳。
よんどころねえってぇのは」。
「ああ〜っハハッ。
家もあの〜誘いの手紙が原因なんですが」。
「お前ん所てが…。
あ〜そう。
あ〜災難だと思って諦め…」。
「い…いえ。
ここ三軒長屋でございますんでね隣の手習いの先生え〜あちらは元お武家さんの流れをくんでいると聞いてますがことによったらお茶の飲みようを知ってるんじゃないですか…」。
「あ〜隣か」。
「ええ。
もしいやもし知らないという事になりましたらそれから急いで荷作りをしても間に合うんではないかと思いますが」。
「あっ違えねえな。
オ〜ッちょっと待った。
風向きが変わったからそのままそのままそのまま。
おう。
ちょっと半纏をよこせ」ってんでお豆腐屋さんと頭が隣の手習いの先生の所にやって参りますと「あ〜これこれこれ。
男の子はなぜそう騒々しい。
おはなちゃん…。
女の子はきちっとお座りなさい。
先生はこの度よんどころのない事情があって…」。
(笑い)「急に引っ越しをする事になりました。
いやいや遠くへ行く訳ではありませんでな落ち着いたらお父っつぁんおっ母さんに知らせを致します。
ああ。
男の子は今日お机を持って帰るようにな。
女の子はあとで…」。
「豆腐屋。
駄目だ同じだよここも。
ええ?ちょっと聞いてみるか。
おう。
ごめんよ」。
「え〜ごめんくださいまし」。
「おっおうっこれはご両所お揃いで何事?」。
「何事じゃねえんだええ?新しく来た家主の隠居ん所から誘いの手紙だ。
ええ?お茶の誘い。
行ってもいいけど飲みようが分からねえ。
恥をかくのが嫌だからじゃあ引っ越しと」。
「お〜頭は近頃人相を見る?」。
「いや人相を見てる訳じゃねえんでございますがねこっちもその手紙が来てあ〜いやいや引っ越しの支度をしていた。
先生ことによったら飲みようを知ってる。
いやだったらそれをね真似をしてそれこそお茶を濁そうと思ったんでございますがいけませんか?」。
「いや実はな死んだ私の家内が嗜んでおった。
いや見よう見真似で飲めんという事はないが学んだ訳ではない。
もしか何か細々とした所を聞かれるとな返答に困る」。
「あっそりゃ大丈夫だ。

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  いえいえいえいやとにかくね何か言ってきたって知らん顔してりゃようがすよ。
いえもう知らん顔していてねあんまりしつこいようだったらね私隠居の横すっぽへ一つボカッと。
向こうが転がってる間に急いで逃げ帰って荷作りをするというのは?」。
「お〜左様にうまくいくか?」。
「いくかったって私はね家を出る時からね拳骨を固めていきますよ」。
「お〜妙案であるな」なんてんで乱暴な茶の湯でございます。
3人が隠居さんの所にやって参りますとなにしろ隠居さん他人に飲ませるのが生まれて初めてでございますからうれしくってしょうがない。
青黄粉それから絵の具と洗剤ふだんの倍入れまして「さぁどうぞ」。
(笑い)こんなものがとても喉を通りませんで。
とりあえず手習いの先生が一口やったんですが「ウウ〜ッ」てんでもどす。
隣でもってお豆腐屋さんこれも一口やって「ウウ〜ッ」ともどす。
だいぶ量の増えたやつが頭ん所に回って参ります。
(笑い)頭は右手で拳骨を固めておりました。
「ウップウ〜ッ。
ひでえ物を飲ませやがんな。
口直しを持ってこい」ってお茶に口直しってなぁ無いんですが羊羹が出て参ります。
これで3人が口を直して帰っていく。
「お〜い吉っつぁ〜ん」。
「ええ?何?」。
「しばらく見かけなかったけどあれまだ行ってねえのか?」。
「な…何?」。
「何がじゃねえや新しく越してきた家主のい…隠居…」。
「ウエ〜ッ勘弁してもらいたいね。
いえいやいやいや行った。
あの何?あの青みどろの会いやいや行ったんだ。
誘いが来たから行ったら他に誰もいねえんだよ。
うん。
で隠居が横を向いてでこう黙ってこっちへ出したからさぁ何だか分からねえこうこうこうキュ〜ッとやった。
途中で意識をなくした。
ああ」。
(笑い)「で気が付いたら3日家で寝てたらしいんだけどもさぁ。
いやいやいや昨日から起きだしてね足慣らしに今ちょっと表歩きだしたんで。
いやもうあれはちょっともう勘弁してもらいてえんだい」。
「飲んだの?あれを。
ばかだね〜。
違う。
あれあれは飲み物じゃないんだから。
あれはね聞くところによると『細菌兵器の一種だ』って話なんだから」。
(笑い)「あれ飲んじゃ駄目なんだ。
だからね隠居がね横向きで出すんだからだからそれ受け取ったらね全員裏庭に捨ててんだ全部。
う…裏へ捨てんだ。
あの家の裏庭もう全部植木枯れてんだから」。
(笑い)「ソ〜ッとス〜ッと。
だからね誘いが何度も来るああいうのはもう個人じゃ対処ができないからねだからこの際集団的自衛権の行使をしようという」。
(笑い)「今そういう…。
あ…あれは違うあれは駄目飲まない。
捨てて。
で前にある羊羹あ…あれあれあれ家族分みんな土産に持って帰ってきてんだから」。
「あ〜それありなの?じゃあ明日また行こう」とこれから羊羹泥棒が横行致します。
もとよりつましい方でございますから月末になりまして菓子屋から回ってきた勘定書を見て驚きました。
「羊羹代がこんなにかかるとは思わない。
何か工夫をしよう」という。
芋を1俵買って参りましてこれを蒸かしたやつをあたり鉢擂鉢ん中に入れましてガラガラガラガラと練り上げます。
ところに黒蜜黒砂糖を混ぜてベタベタにしたやつを湯呑みにギッシリ詰めて抜こうと思ったんですがベトベトでございましてこれが思うように抜けない。
ヒョイと脇を見ると行灯の油という…。
(笑い)まぁこれは今で言うミシン油のようなもんでございますかね。
油でもって中をぬぐうときれいな形に抜ける。
見たら照りがあって結構ですがとても喉を通ろうという代物じゃございません。
自ら「利休饅頭」と名前を付けましてこれが羊羹の代わりでございます。
ああところがさすがに羊羹頼りのお客様利休饅頭に代わるってぇと一人二人と足が遠のきましてとうとう誰も訪れないという。
「おいおい定…定吉」。
「え〜い」。
「近頃お客様ちっともお見えにならなくなったな。
どうだ?また二人で始めてみるか?」。
「エヘヘヘヘもう少し体力の回復を待ってからにして下さい」。
(笑い)「だ…誰か呼んできますから」と話をしておりますうち蔵前時分のお友達が訪ねて参ります。
いろいろ世間話をしておりますうち…。
「近頃ご隠居はんの所でお茶の席が立つという事を伺いました」。
「お〜お〜お茶はおやりになりますか?」。
「いえ全くの不調法でございましてご隠居はんにご伝授願いたいと思っております」。
「やった事がない。
あっそう。
私そういう人に教えるのが得意なんだ。
さぁさぁこっちへおいでなさい」という。
久々のお客さんでございます。
青黄粉それから洗剤絵の具ももうもう面倒くさい残りのありったけを放り込みまして「さぁどうぞ」。
こんなものがとても喉を通らない。
「何か口直しは無いか」とヒョイと前を見ると利休饅頭が山のように積んである。
(笑い)欲を出さなきゃよかったんですが片手に1つずつ取ってアグッとやった。
これも食べられない。
袂に落とし込んでよもやまの話をしておりますがなにしろ黒蜜黒砂糖周りが機械油でございましてこの辺りがジト〜ッと滲んでくる。
始末をしよう。
「お下を拝借」と立ち上がったんですが庭の植木は全部枯れ果てておりまして捨てる所が無い。
しょうがない便所に入って小窓を開けますと辺り一面が畑でございます。
「ここなら構わないだろう」と取りだした利休饅頭力任せに「エ〜イ」と投げますと畑で働いておりましたお百姓さんの横顔へ。
「ウ〜ン?誰だな〜?ひでえ事をしやがって何悪さしてこんなもん…。
あっまたお茶が始まった」。
(拍手)2017/03/05(日) 14:00〜14:30
NHKEテレ1大阪
日本の話芸 瀧川鯉昇 落語「茶の湯」[解][字]

第691回東京落語会から瀧川鯉昇さんの「茶の湯」をお送りします(平成29年1月13日(金) 東京・虎ノ門 ニッショーホールで収録)

詳細情報
番組内容
第691回東京落語会から瀧川鯉昇さんの「茶の湯」をお送りします(平成29年1月13日(金) 東京・虎ノ門 ニッショーホールで収録) とあるご隠居さん、退屈でしかたないので「茶の湯」を始めることにしたが知識がない。小僧に抹茶ではなく青きな粉を買ってこさせ、それだけでは泡立たないので洗剤を入れ…。
出演者
【出演】瀧川鯉昇