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書き起こし 日本の話芸 立川志らく 落語「寝床」 2016.11.12

(テーマ音楽)
(出囃子)
(拍手)
(拍手)
(立川志らく)お運びさまであつく御礼を申し上げます。
落語界のほうはというと近頃話題になったのが大喜利の番組ですね。
一体誰が新しい回答者になるのかみんな期待してました。
「ひょっとしたら喬太郎がなるんじゃないのか」「一之輔さんがなるんじゃないのか」「落語協会会長の市馬さんが来るんじゃないか」とか。
(笑い)で蓋開けたら林家三平君でそれで一般の視聴者は「ワア〜ッよかったね三平さんよかったね〜」。
落語ファンは「なんだ三平か」。
(笑い)大変な違いでしたけど。
あと司会者もまさか春風亭昇太さんがなるとは夢にも思わなかったですね。
憶測がネット上に流れて「もしかしたらたけしさんがやるんじゃないか」「タモリさんがやるんじゃないか」「古舘さんが番組を降りたというのは事によるとこの司会を狙ってなのではないか」とか。
(笑い)中には私の名前も上がってたんですよネットで。
「もともとあの番組は談志が作った番組ですから立川流の落語家が出ていない事が不自然だから談志にかわいがられていた志らくがいいんじゃないか」とか。
もし私に司会のオファーが来たらこらぁ受けましたね。
ええ。
回答者だったら恐らく自分の人生を座布団の取りっこにささげるのは嫌なんで…。
(笑い)丁重にお断わりをしたでしょうけども。
司会者だったら受けましたよ。
ただし私の場合は条件があります。

 

 

 

 


「私が司会の場合は座布団配りは談春」これが私の…。
(笑い)「好楽さんに一枚」なんてこれやってみたかったんですけども。
まぁまぁまぁ世の中いろんな事がございますが今日は芸事のお噺でございまして。
「まだ青い素人義太夫玄がって赤い顔して黄な声を出す」という。
これから申し上げるお噺はというとさる大家の旦那が義太夫に人生をかけていたという。
それを聞かされる店子そして奉公人の地獄の苦しみを描いたというそんな残酷物語で。
・「オ〜オ〜オ〜ウ〜ウ〜ウ〜オ〜オ〜」「うん」。
・「ア〜ア〜イ〜イ〜ア〜ア〜」「おいおいおい。
お師匠さんお見えになったかい?そうかい?うん。
今日はね私の芸を聞きながらねうん三味線楽しんでもらうと。
楽屋へお通しして。
うん。
あの〜料理のほうはもうみんな出来てるね?うん。
ア〜ア〜そうそうお酒とあとね甘党のねお客様もいらっしゃるから羊羹だとか大福だとかねそれからお饅頭とかちゃんと支度をしてね。
うん。
繁蔵はどうした?うんうんうん。
いや分かってる分かってる。
長屋グル〜ッと一回り回ってもらったんだけどうん帰ってきたらねこの部屋へ来るようにそう言って下さいよ」。
・「エ〜ヤ〜アハ〜ッヤ〜ッ」「ちょいと今日はね風邪気味だから大丈夫かな?」。
・「ア〜ア〜ア〜ア〜アッ」・「ア〜ア〜ア〜ア〜ア〜アア〜アア〜ア〜ア〜アッ」「誰だい?そこで防空頭巾被ってウロウロしてんのは」。
(笑い)「ええ?空襲警報じゃないよ全く」。
・「エイヤッセイビョウヤキヤダゾウエキビョウタンイッチンベッツシャ〜ジャ〜」・「イチナカケンバンデンジャあの子が泣いてる波止場」・「イヤイヤゾウライ〜オ〜ッ」「絶好調だねこれは。
よ〜し。
楽しみだ楽しみだうん」。
(笑い)「え〜とね…。
あ〜あ〜繁蔵が戻ってきた?あ〜こっちへね入ってくれ。
いや〜ご苦労さん。
うん。
え〜どうだった?あの〜皆さん喜んでたろ?」。
「ええ。
ただ今長屋グル〜ッと一回り回って参りまして」。
「そうかいうん。
で皆さんお見えになるんだろ?」。
「あっそれなんでございますが中には仕事が忙しいという方がいらっしゃいまして2〜3お見えにならない方もいらっしゃいます」。
「あ〜そう?まぁまぁ私はね遊びでやってるんだ。
道楽だからそらぁ仕事のほうが大事だけどね。
ええ?行ってくれたかな?あの〜提灯屋。
ね?この間定吉に回らせたらばさ提灯屋にね声をかけるの忘れちゃってさあそこの親父はね義太夫がまた好きだからあとでね『どうして私だけ仲間はずれにするんですか?旦那様の義太夫を聞けないなんというのは人生半分損したようなもんですよ』と嫌み言われちゃったから行ってくれたかい?」。
「ええ。
その話は伺っておりましたんでいの一番に提灯屋さんに参りました」。
「ほういいねその心意気。
うん。
それで喜んでたろ?」。
「ええ。
でございますがなんでもえ〜『開業式のぶら提灯を頼まれてしまって明日までに百だか二百提灯を貼らなくちゃいけないのでえ〜今夜はひとつ欠席をさして頂きたい』と」。
「えっ?あ〜そう?来れないの?フ〜ン不運な男だねハア〜」。
(笑い)「先月はね言い忘れて今回は仕事で…。
あっそう?ガックリして死んじゃうといけないからねうん『今度さしでみっちり語ったげる』って…」。
(笑い)「そう伝えとくれ。
うん。
え〜とね荒物屋の熊さんはどうした?」。
「ええ荒物屋の熊さんはでございますねおかみさんが臨月でございまして今日か明日こう飛び出すという。
『そういった時に大黒柱がえ〜家にいないというのはこれは親類の手前誠に申し訳ない』という事なんでえ〜今日は欠席を」。
「あ〜そう?おかみさんが臨月?そらぁ大変だね。
うんうん。
そらぁ分かるよ気持ちは。
うん。
ウウ〜ッあれっ?確か先月もそんな事言ってなかったかね?」。
(笑い)「ええ。
ですからその臨月が長引いてんでございます」。
(笑い)「そんな長引くの?子供いつまで腹ん中に入れとこうってんだろうね?お釈迦様かなんか出てくるんじゃないかい?え〜とねえ〜魚屋のさ金さんはどうした?」。
「ええ魚屋の金さんはでございますねえ〜なんでございます地震でございます」。
「何だい?地震ってぇのは」。
「ええあの〜大きな地震が起きましてそれでもう店ん中がこうゴチャゴチャんなってえ〜片づけが」。
「だって家の近所だよ。
そんな大きな地震は無かったろ」。
「ええ」。
(笑い)そうなんです。
私も『嘘をつけ』とこう言ったんです。
そうしたらねまれに何百年に一度あるんだそうです。
その家だけが揺れるという。
ええ」。
(笑い)「震源地が魚屋さんの真下でマグニチュードが10だか20だかその家だけでご近所は全くね大丈夫なんでございます」。
「そんな事があるんだね〜。
ヘエ〜なるほど。
じゃあ八百屋の久さんはどうした?」。
「ええ八百屋の久さんはなんでも双子のお兄さんが北海道で見つかったから会いに行かないといけない」。
(笑い)「先月なんか双子の弟が九州で見つかったって」。
(笑い)「ええ。
ですから三つ子だという事が分かりまして」。
(笑い)「どんだけ自分に似た人間をね増やしゃいいんだろ全く。
頭はどうしたんだ?頭は。
こういった時に来てね手伝ってくれないと何のためにふだんから祝儀をねあと羽織やなんか一枚くれてやってんだ全く」。
「ええ頭でございますけどなんでも成田のほうでゴタゴタがあるというんで明日朝一番で出かけないといけないという事でございます。
ええ。
『旦那も大事だけれども不動様にはかなわない』」。
「当たり前だよ一緒にするんじゃないよ全く。
そう?駄目なのかい。
じゃあ豆腐屋さんはどうしたんだ?豆腐屋さんは」。
「ええ豆腐屋さんはでございますね年会でございまして明日までに厚揚げとそれからがんもどきを100ずつ拵えなくちゃいけないと。
でまぁ厚揚げというのはどうという事はないんで豆腐を油でジュッと揚げるだけでございますから。
問題はがんもどきでございます。
いろんな実が入りますんでね。
季節によってまたこれも変わります。
蓮が入ったり人参が入ったり牛蒡が入ったりという。
まぁ人参だとかそんな物はこうやって細かに刻んでポッと入れれば訳ないのでございますが牛蒡がなかなか大変なんでございます。
私料理をしないから分からないんでございますがこう切るんじゃないこうね削ぐんですな。
でそのまんま入れる訳にいかないから一旦水に入れ灰汁をこう全部出すというそういう手間がかかる。
でもっと大変なのは紫蘇の実ですよ。
紫蘇の実はある時はいいんだけど今みたいにない時期は塩物屋に行って塩漬けの物を買ってこないといけない。
ええ。
でそのまんま刻んで入れるとこれは塩っ辛いがんもどきが出来上がってしまいますんで一旦水に入れてこの塩を…」。
「おいおいおいおいおい。
誰ががんもどきの製造法を教えてくれとお前にそう言ったんだ?」。
(笑い)「豆腐屋は来るのか?来ないのか?」。
「ええですからあの〜欠席をさして頂くという」。
「あ〜そう?じゃあじゃあ分かった分かった。
いやもう面倒くさいよ一体誰が来るんだ?」。
(笑い)「はっ?」。
「いやはっじゃないんだ」。
(笑い)誰が来るんだ?」。
「いや誰が来るって誰という者は来ないんですよ」。
(笑い)「じゃあみんな来ないのか?」。
「エヘヘヘえ〜ご愁傷さまで」。
「何がご愁傷…。
おい繁蔵。
お前が良くないよ。
だってそうじゃないか。
端何て言ったんだ?『仕事があって2〜3お見えにならない方がいらっしゃる』。
2〜3お見えにならない方がいらっしゃるというんなら2〜3お見えになる方がいると思うじゃないか。
期待するよ全く。
いいいいいいよ。
皆さん仕事なんだから。
ああああ忙しいのは分かったよ。
だけどねもう料理番が入って支度をしてあるんだよ?ね?うん料理拵えてあるんだよ。
それからお師匠さんだってねもう来てるんだから中止にする訳にいかないからね。
うん。
ちょいとね奉公人に聞かせるから。
うん。
え〜と一番番頭の姿が見えないな。
番頭はどこ行ったんだ?」。
「ええ今朝私の所へ来て『何か今日は忙しそうだけどあるのか?』って言うから『ええ。
実は旦那の義太夫の会がある』っつったら『あ〜そうですか』ってんでス〜ッと出かけてねいまだに帰ってこないんです。
ええ。
で先ほど電話がかかって参りましてね『一番番頭さんがいないと困るじゃないですか。
今どこにいるんですか?』と言ったら『海を渡ってピョンヤン』」。
「どこにいるんだ全く」。
(笑い)「何を言ってんだ。
竹蔵はどうした?」。
「ええ竹どんはでございましてもの干しで布団を干していたんでございます。
で私が下を通りかかって『竹どん。
布団なんか干してる場合じゃないよ旦那の義太夫の会があるよ』ったら『ワア〜ッ』ってんでねもの干しから落ちまして足から落ちればいいのにあまりにも慌てていたんで手から落ちたんですな。
でバア〜ッと手で…両腕をですね複雑骨折致しましてええもうグラッパを飲んで涙を流しながらやけくそになって千鳥足で西に消えました」。
(笑い)「何だい?そりゃ。
あの〜助どんはどうした?」。
「助どんはでございますねなんでございますあの〜眼病でございます」。
「何だい?眼病ってのは」。
「ええ目の病気で」。
「何が目の病気だ。
耳の病気で義太夫が聞けないってのは分かるけど何だ?目の…」。
「いやいやそれなんです私も同じ事を言ったんでございますがとにかく『目医者に行ったらば涙が一番良くない』と『涙を流しすぎると失明のおそれがある』とそれで『旦那の義太夫というのは悲しい所になるともうどう我慢しても涙がこうあふれ出る』と『そうすると目が潰れてしまうんで今日はどうあっても旦那の義太夫は聞けない』とただ今二階でもって悔し涙にくれてます」。
「それじゃ駄目じゃないか」。
(笑い)「うん?あの〜徳どんはどうした?」。
「ええ徳どんはでございましてえ〜脚気でございます」。
「何だい?脚気ってぇのは」。
「いえこうやるとこうなるやつ」。
「そりゃ分かってるよ」。
(笑い)「だから何だてんだい?」。
「いや旦那の義太夫をまさかね足を崩して聞くなんてなぁ奉公人としてあるまじき行為でございます。
それに脚気はみんながからかってね『旦那がせっかく義太夫をやってんのに…』みんなが『こうやってこうなってたら目障りだから…』。
今日はちょいと伏せっております」。
「ハア〜。
え〜じゃあ六助…」。
「ええ六どんはでございますねなんでございますいやあの〜あの〜スイッチョンです」。
(笑い)「な何だ?そのスイッチョンっていうのは」。
「いや奇病でございます。
現代病で」。
「何だ?聞いた事ない。
どんな病気だ?」。
「ええ私も初めての体験なんでございますがな普通に会話をしてるとどこもおかしくない。
10秒経つといきなり『スイッチョ〜ン』と言いだすんですよ。
ええ。
で当人はその自覚がないんです。
『お前今何か言ったか?』『言ってないよ』『いや確かに言った』。
でこう普通に話ししてたらいきなり『スイッチョ〜ン』とこう言うんですよ。
だから旦那が義太夫を語ってる時『スイッチョ〜ンスイッチョ〜ン』ってのがいたらこれはもう誠に邪魔でございますんでええ伏せっております」。
「あ〜そう?フ〜ン。
あの〜婆やはどうした?」。
「ええ婆やはでございまして耳が遠いんでございます。
ええ。
で『旦那の義太夫の会があるよ』と言っても聞こえないっす。
耳元でもって『旦那の義太夫の会があるよ』って『義太夫』が耳へシュッと入ったんですがただ今二階の部屋の隅でもってするめをしゃぶってほくそ笑んでます」。
(笑い)「フ〜ン。
え〜ウウ〜ッ家内の姿が見えないな」。
「ええおかみさんはでございますね朝私の所に来て『何か家の人が張り切ってるんだけど嫌な予感がするんだ。
何があるんだい?』って言うから『いや旦那の義太夫の会がある』ったら『アア〜ッこりゃ大変だ』ってんでお子さんを小脇にかい込んで実家にお帰りになりました」。
(笑い)「女中たちの姿が見えないけどみんなどこ行っちゃったんだ?」。
「防空壕に隠れてます」。
(笑い)「私ゃB29じゃないんだ全く。
どいつもこい…。
ウ〜ン繁蔵。
お前はどうなんだ?」。
「何ですか?」。
「お前はどうなんだ?」。
「いやいやいや私は私です」。
「そりゃ分かってんだよ。
お前はどっか病気は無いのか?ええ?足が痛いとか目が痛いとか。
あ〜スイッチョンスイッチョンと言うとか」。
(笑い)「何か無いのか?」。
「はいええいや私はなんでございますね。
ええ別にこれという病気は無くてあの〜エヘヘ因果と丈夫でございまして」。
「おや?言ったなこいつは『因果と丈夫』。
何だ五体満足無病息災こんなありがたい事は無いんだ。
因果と丈夫とは何だ」。
「ハア〜ッお…お怒りはごもっともでございます。
分かりました。
ええ私一人が犠牲になればいいんでしょう。
そんなに語りたいんだったらクス〜ン語って」。
「泣いてるなお前は。
ハア〜ッ分かったどいつもこいつも私の義太夫を聞きたくないから長屋の連中はいろいろ用をね無理やり入れてああ奉公人は病気で仮病だ。
ああ冗談じゃないな何で義太夫の良さが分かんないんだろう。
義太夫ってのはその昔の名人上手が丹精を籠めてね拵えたんだよ。
ね?本を素読みにしたってねこれはありがたいんだ。
それを私がわざわざね節をつけて…。
ええ?誰だ?今『節がつくだけ情けない』っつったのは」。
(笑い)「何か文句があるんだったらここへ座って言え。
言ったあとシュッと隠れるんじゃないよ全く。
ウウ〜ッそうそうそうそう私は素人だから下手だよ」。
「そうです」。
「何だ?今『そうです』って。
何で言ったあとサッと隠れるんだよ。
そりゃ私はあの〜素人なんだからね?おお〜皆さんにお見えになって頂いて申し訳ないから料理だとかお酒をふるまうんだよ。
うんこれで私はね木戸銭を取る訳じゃない」。
「これで金取りゃ泥棒だ」。
「誰だ?今言ったのは」。
(笑い)「何でパッと隠れ…?。
忍者屋敷か?ここは全く。
あ〜冗談じゃないね。
うん。
繁蔵。
もう一回グルッと長屋を一回り回ってねうん店だて…。
何が乱暴な事があるもんか。
義太夫の良さが分かんねえような連中にね長屋住んでもらいたくないんだ。
それから隠れてる奉公人ども。
うん暇を出すから出てってくれ。
義太夫が分かんないような奴とねああ一緒にね同じ空気を吸ったり吐いたりして仕事したくないんだ。
ね?もうとにかく今日中にみんな出てけ。
うん。
でお師匠さんにそう言ってな丁重に断って帰って頂いて。
料理なんかみんな犬にくれちまえ。
ウ〜ン酒なんか便所に流せ。
あ〜見台をぶち壊せ。
もう私は二度と義太夫を語ら〜ん」。
怒ったのなんの大変な騒ぎで。
まぁちょいと頭の回る人が…。
「みんないますか?あ〜来たね。
うん。
いやさっきね番頭さんが来てね俺たち店だてだってね?」。
「ええ。
誠に申し訳ございません」。
「あ〜今ね長屋の主だった連中がさ家の二階でもって会議を開いてるんだよ」。
(笑い)「『旦那の義太夫を我慢して聞こう』というハト派とね…」。
(笑い)「それから『なんとかこう文句を言って義太夫をやめさせよう』というねタカ派と『いっその事殺しちまおうじゃないか』という過激派が一緒になって喧々諤々やってるよ」。
(笑い)「うん。
あ〜お前さんは知らないだろうけど『平助さんの悲劇』って聞いた事ない?」。
「いや〜。
伺った事ございませんな」。
「お前さんが来る前にいたあの一番番頭さんなんだよ。
いい人でさうん女の子にも人気があってね。
うん。
である時旦那がね『ちょいと新しい義太夫を覚えたからねたおろしだ稽古台になってくれ』ってこう言われたんだ。
断る事ができないよ。
ね?みんなでもって苦しみをね分かち合ったって死にそうになるのにたった一人でさしだよ」。
(笑い)「六畳の部屋でもって閉めきってましてやねたおろしだから『ウウウッワア〜ッ』っと語り出したよ。
でまぁね人のいい方だからで『これも人間修業だ』ってグ〜ッと我慢して聞いてたよ。
でも人間には我慢の限度てぇものがあるよ。
10分過ぎるってぇと脂汗がダラダラダラダラ流れてきて15分になったら瞳孔が開き始めた」。
(笑い)「こらぁ命取られちゃうからね『旦那。
すみませ〜ん』てんで逃げ出したんだよ。
そうしたら勘弁してやりゃいいじゃないか。
『待て〜っ』ってぇと見台をこう担いで『ウワア〜ッ』義太夫を語りながらあとを追っかけたってんだからね。
もう『ワア〜ッ』ってんで便所へ逃げて鍵かかってガタガタ震えてたよ。
したら便所の前でもって『ウウ〜ワア〜ア〜ッ』って義太夫を語ってたらさ便所の戸なんて薄いからねやがてねこの便所の戸がねミシッミシッミシッパ〜ン割れたってんだから」。
(笑い)「割れた所から旦那が顔出してニヤッって笑ったってんだよ。
『シャイニング』のジャック・ニコルソンだね全く」。
(笑い)「小窓から慌てて逃げて裏へ行ってさ蔵へ入ったんだ。
蔵ならね厠と違って厚みがあるからこれは義太夫が聞こえないから『やれ安心』と。
旦那も執念深いよしばらくの間ね蔵の周りを『アウ〜ア〜ア〜ア〜ッ』って義太夫を語っていたんだけどそのうちね蔵の上には小さな窓があるって事に気が付いちゃったんだ。
梯子を持ってくるとね『ア〜ウ〜ア〜ア〜ッ』って言いながらこう登ってった。
そしてねその窓の所へ口つけて『ウワア〜ッ』っと義太夫をね流し込んだんだよ。
狭い蔵ん中義太夫がウワ〜ッと渦巻いて『ウワ〜ッ旦那勘弁して下さい。
助けて〜。
ウワア〜ッ』っと叫んだってね。
この光景をムンクが見て絵にしたという」。
(笑い)「本当かいかい?そりゃ。
ハア〜ッ」。
「あの〜旦那様」。
「うん?何だ繁蔵か。
あ〜今具合悪くて寝てるんだよ」。
「ちょいと起きて頂いて。
ええ。
え〜あの〜長屋の皆さんがお見えになっていますが。
え〜如何致しましょう?」。
「ウ〜ン何だよ?お見えになってるって。
皆さん忙しいんだろ?」。
「いえ。
え〜あの〜義太夫はいつやるんだと皆さんが」。
「何を言ってんだい。
私が店だてと言ったからねそれで無理に来てる」。
「いやそうじゃない私の言い方が悪かったんでございます。
いや実はですね以前ありましたね?いろんな旦那勢が出まして順に順にこうね語るというそれと勘違いしておりまして『旦那の独演会とは知らなかった。
旦那の独演会を聞き逃したらば人生損してしまいますから』ってみんなねええ慌てて来ておりますんでちょいと語って頂いて」。
「何を言ってんだい冗談じゃないよ。
いやいやあのね私はねうん商売人じゃないんだよね義太夫のこと愛してるんだ。
だから今こう落ち込んでる時に義太夫を語ったっていい義太夫ができないんだ。
義太夫に申し訳ない。
それからお客様にも申し訳ない。
義太夫というものはね『私がやりましょう。
お客さんが聞きましょう』この気持ちが一つんなってはじめていい芸は誕生するんだから。
ああ。
あ〜今日んところは丁重に断ってお帰り頂いて」。
「いやそんな事言わずに。
『いつ始めるんだ?』ってみんなこう言ってんですよ。
そんなたくさんやんなくていいちょっとだけでいい」。
(笑い)「ペロッペロッでいいですからね。
もうさわりだけペロッて言うとみんな満足して帰ります」。
「いやそうじゃないんだよ。
お前は若い。
ええっ?何だい?ええ?『出し惜しみ』?何が出し惜しみだよ。
何が芸…。
違う。
分かんないかな〜。
えっ?だから皆さんそう言っても私が…。
ええっ?うん。
いやいやそういう…。
えっ?アウッあっそう?ええ?まあ〜アハハ何を…。
ウウ〜ン?そう?いや〜だ…。
あっそうかね〜」。
(笑い)「オオ〜ッウウ〜ン?いやっエヘッいやっええっ?そんなにみんな?どうしても?うん。
『義太夫を聞かないと』?『帰らない』って?本心でみんなそう言ってんの?涙流しながら?ハッハッハッハッみんなも好きだね〜エヘヘ。
よしイ〜ッ語りましょう」。
「どうもありがとうございます」。
「ハイハイハイハイあ〜皆さんお忙しいとこすみません。
今回はね楽屋ですけど構いませんよ。
ええ。
あっ豆腐屋さん親父さんね忙しいのにわざわざ。
どうしたんですか?聞きましたよがんもどきのあの製造法を。
大丈夫…?」。
「ええええ。
それなんでございますけどねもうとにかく気が散ってしまいまして気が付くと三角のがんもどきを拵えたりしまして。
家の女房が『お前さんどうしたんだい?何かあったのかい?』ってぇから『実は今夜旦那の義太夫の会があって』『なんだいそれならそう言ってくれりゃいいじゃないか。
大丈夫だよ何とかするから』。
脇から職人を頼みましてなええええそれで私は抜け出した」。
「ホオ〜ッそうかい。
いや芸人冥利に尽きるね〜。
うん。
脇から職人を頼んでまで私の義太夫を聞きにきてくれる。
思わず涙が出たよ。
ね〜。
うん。
よ〜し今日はねお前さんのためだ。
ふだんよりみっちり語ろう」。
(笑い)「どうもありがとうございます」。
「余計な事言うなばか全く」。
「どうもこんばんは。
ね〜?お互い災難ですな」。
「ね〜。
どうしてここん家の旦那は義太夫を語りますかね〜?」。
「私が思うにはね恐らくね旦那のね先祖が義太夫語りかなんかを絞め殺したんでしょうな」。
(笑い)「そのね祟りが」。
「ヘエ〜ッ。
ご覧なさいよ。
糊屋の婆さん今年88ええ?もういい年なんですよ。
耳が遠いからってって一番前へ出しちゃった。
悪い奴がいるね義太夫が始まったら間違いなくあのお婆さん死にますからね。
若い連中は端から助けに行くんだよ。
ね?見てごらんよ吉田のご子息を。
ご子息がほら柱でもって寄っかかってこう涙流してる。
あれ何で泣いてるか知ってますか?」。
「いやいや。
分かりません」。
「ね〜?私聞いて驚いたよ。
ええ?おっ母さんと仲良しでしょ?うん。
でおっ母さんがね着飾って出かけようとしたからご子息が『おっ母さん。
どこへ行くんだい?』っつったら『ちょっとお友達とお茶を飲みに行くの。
だから留守番しててちょうだい』と言って出かけようとしたら懐からねお父っつぁんのお位牌がコロ〜ンと転がった。
『おっ母さん。
お茶を飲むのに何でお父っつぁんの位牌なんか…』『いやいや実はあの〜…』『何か訳を…』『いや今日は旦那の義太夫の会があるからもしもの事があったらと思って』『何を言ってんだおっ母さん年なんだからあんな義太夫を聞く事はない。
私は若いんだ私が行くよ』『何を言ってんだお前ええ?お父っつぁんを戦争で亡くしてお前を義太夫で亡くしたなんて事になったら…』」。
(笑い)「『お父っつぁんに合わす顔がないから私が』『何を言ってんだよおっ母さん』って二人がこうもめてねご子息のほうが年が若いからおっ母さんを柱にグルグル巻きに縛りつけてそれでねここへ出かけてきたんだけどおっ母さんの事が心配でもう涙が止まらない」。
「大変な人間ドラマがあるんだよなこらぁ。
ヘエ〜ッ」。
「あ〜あの〜荒物屋のねえ〜熊さん」。
「ああ〜。
近頃顔見ないね」。
「あの人ねよしゃぁいいのに江戸っ子の中の江戸っ子だから『何が義太夫だ大した事は無え。
俺が全部ね引き受けてやる』ってんでねああ旦那の義太夫の会の時一番前へ座っちゃった真ん中。
みんな後ろへ避難してた。
で旦那の義太夫がワッと始まって『ピャ〜ッ』っつったらね胸へド〜ンと当ったの。
そしてピュ〜ッって飛んだね。
うん。
壁を突き破ってね路地へゴロゴロ〜ッってんで転がり出た。
みんなが『アア〜ッ熊さん大丈夫かい?』っつったけど口から泡を吹いてさもうここのね当った所ポワ〜ッと煙が出てんだよ。
みんなでパタパタパタパタはたいてさでウ〜ウ〜苦しがってるから着物を脱がしたよ。
そうしたらね当った所から紫色になってグチュグチュグチュグチュグチュグチュグ。
『ウワッ何だ?何だ?これは』。
しばらくしたらねそのグチュグチュした所から何かちっちゃい生き物がピョ〜ッと飛び出したんだ。
『何だ?これは』と思ったらちいちゃい旦那だ。
この旦那がね『アラバババ〜ッ』って義太夫をね語りながら縁の下へ逃げた」。
「本当かね?それは。
ヘエ〜ッすごい話があるもんだね〜」。
「ね〜。
だけどねあの〜ちょっとお酒お酒注いで。
うん。
これで酒飲んで神経麻痺させなきゃやってられないよこんなもんね。
うんうん。
お前さん耳栓持ってきた?」。
「あ〜忘れちゃった」。
「ばかだね〜。
いや耳栓なんかしたってね無駄なんだけどもさこう素足で釘を踏むよりもなんか草履は履いて踏んだほうがまだいいという。
何かしとかないと駄目だよ。
あの声はね銀紙をカシャカシャカシャカシャやった音をね拡声器でブワ〜ッと広げてるようなね…」。
(笑い)「神経に障る音なんだからね。
うん。
とにかくお酒を飲んで」。
「いやあなたはいいですよお酒飲めるから。
私ゃ下戸だからね羊羹じゃね神経麻痺できねえ」。
「そんな事言わずに…。
ワ〜ット〜ッ始まった始まった。
ウワ〜ッすごいね。
アア〜ッ糊屋の婆さんひっくり返った。
今助けに行け助けに行け。
ア〜ッワア〜ッみんなほふく前進で行ってるよ。
ベトナム戦争よりもこれは過酷だね全く。
ええ?ウワ〜ッひどいね〜。
ウワ〜ッもう調子に乗って張り上げて。
ウワ〜ッなん…」。
「そんな悪く言わないで下さいよね〜あなたあなたせっかくこれだけねご馳走になってんだからね?甘党のあなたのためにさ羊羹だとか饅頭まで置いてあるんだから少しは褒めたほうが」。
「ヘエ〜ッ褒める?あれをですか?ウウ〜ッ嫌だね〜。
褒めなくちゃいけないの?分かりました。
うまいぞ〜うまいうまいうまい羊羹が」。
「羊羹褒めてどうすんだい?」。
「どうするどうする」。
「ウワ〜ッ大統領」。
そのうちに「死ね〜」「ばか〜」「この野郎引っ込め〜」。
何言ったって旦那はプラス思考ですから全部盛り上がって」。
・「ウウワア〜ッ」義太夫が始まって7時間と35分。
(笑い)夜も白々と明けて参りました。
さぁもうみんな義太夫が当たった奴らが泡を吹いてウヒャ〜ッってんでひっくり返っちゃった。
さぁ旦那はみんながシ〜ンと静まりかえってるからどれだけ感動して涙を流してんのかと思ってヒョイと御簾を開けて見るってぇとみんなクハ〜ッと寝てる。
「あっな何だ?みんな寝てる。
いや〜ちょっとお師匠さん三味線やめてくれお師匠さんしゃ三味線もういいからお師匠さん三味線やめてくれ」。
・「ウワア〜ッアア〜ッアア〜ッ」
(笑い)「頭おかしくなっちゃったよお師匠さん」。
(笑い)「しょうがねえね。
おいおいちょいとちょいと番頭番頭起きろお前。
お前が寝てる…。
起きろ」。
「ア〜ッア〜ッあ〜あ〜みんなアハハばかがいる」。
「何がばかだ全く」。
(笑い)「どうしてね一番番頭が率先して寝てるんだよ。
皆さんがね眠くなったらお茶やなんかをねさし替えてあげるのがお前の仕事だ。
ええ?しょうがないねもう本当。
ええ?皆さんもね帰って下さいよ。
家は木賃宿じゃないんだから。
どいつもこいつもええ?もう店だてだから。
出てってもらうからね。
失礼な奴らがあったもんだ本当。
え〜あれっ?何だよ?定吉か?うん。
ウウ〜ッ泣いてるね。
何で泣いてるんだ?『悲しゅうございます』?これだよ。
番頭こっちへ来い。
見てごらん。
分かる奴には分かるんだよ私のね義太夫を聞いてポロポロポロポロと泣いてるんだから。
ね〜?あ〜そうかそうか。
うん。
おい定吉。
お前今日からな一番番頭にしてやるからな」。
(笑い)「番頭。
お前は小僧へ降格だお前は全く。
あの〜どこが悲しかったんだ?うん?『先代萩』か?」。
「そんなとこじゃないそんなとこじゃない」。
「うん?じゃあ『宗五郎の子別れ』か?」。
「うう〜ん。
そんなとこじゃないそんなとこじゃない」。
「じゃあ一体どこなんだ?」。
「ウウ〜ンあそこなんです」。
「あそこ?うんあ〜あそこは私が義太夫を語っていた床だよ」。
「いえ。
あそこが私の寝床なんです」。
(拍手)
(太鼓)「寝床」という噺はですね昔は専売特許みたいなのがあって「明烏」は文楽師匠しかやらない「百川」は圓生師匠「火焔太鼓」は志ん生師匠というように専売特許になっていたのが多かったんですがこの「寝床」に関しては志ん生文楽圓生というこの3人の名人がおのおのやってるんですね。
実に珍しい落語でで私の師匠の立川談志がこの噺をやる時には志ん生文楽圓生3人のいいところをうまい具合にパクってね。
談志は「オマージュだ」って言ってましたけどね。
それで立川談志は労を作ってました。
で私はその立川談志が作ったものをベースに自分でこういろいろとギャグを新たに入れてやるようになったんですが真打ちになりたての頃私の「寝床」を談志がものすごく喜んでくれて私が高座で「寝床」を始めると談志が楽屋から舞台袖まで飛び出して「ウウ〜ッやってるやってる。
う〜ん。
あいつの『寝床』はいいんだよウウ〜ッ面白いね」なんて事を言ってくれてたんですね。
で「志らくの『寝床』はうんナンセンスギャクがこう並んでてイリュージョン的な落語だ」って褒めてくれてた。
それが晩年になって私が自分で十八番のつもりでやっていたらばどこかで私の「寝床」を聞いたんでしょうね。
私に「イリュージョンが足りない。
うん。
もっとイリュージョン入れろこの野郎」って小言をくらいました。
ええ。
だから談志の言うイリュージョンというのが当時はよく分からない。
ええ。
でも今は少し分かったような。
こういうくだらないばかばかしいギャグをたくさん詰め込んでやるまぁそんな「寝床」が少し見えたかなというとこです。
ありがとうございました。
2016/11/12(土) 04:30〜04:59
NHK総合1・神戸
日本の話芸 立川志らく 落語「寝床」[解][字][再]

立川志らく▽落語「寝床」▽第686回東京落語会

詳細情報
番組内容
立川志らく▽落語「寝床」▽第686回東京落語会
出演者
【出演】立川志らく