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NHKアーカイブス ▽テレビが伝えた知られざる世界“N特”放送40年 自然・紀行 2016.11.13

今から40年前の昭和51年あるテレビシリーズが始まりました
その後13年間にわたって続いたドキュメンタリー番組です
すいません。
知らないです。
生まれてないです。
「NHK特集」。
う〜ん見たような見ないような…。
普通の新聞とかにあんまり書いてないようなところまでこう…裏を取って取材がすごく専門的なんだなと思いますね。
「シルクロード」とか大好きでしたよ。
お母さん見てたじゃない。
ず〜っと。
見てましたよ。
再放送も見てたし。
「NHK特集」通称…
扱った話題は多岐にわたりました。
見た事もない自然界の驚異
ニ・ニ六事件の知られざる真実など歴史的スクープ
昭和史に残る大事故
昭和55年8月夕張新鉱は坑内火災事故を起こした。
生存の可能性は…ないと思います。
話題の人物の意外な素顔にも迫りました
カットカットカットカット!遅い遅い!カット!ちゃんと見てろ!そういうのをさいちいち俺が言わないだって直せよ!何から何まで言ってるんだったらたまんないぞおい!何のためについてんだよ!江夏が投球動作に入る。

 

 

 

 


スポーツの裏側にある奥深い真実
暴投のようにも見えるこの一球が9回裏この場面の全てを決める事になった。
(実況)2球を…スクイズ外した!三本間に挟まれた。
キャッチャーの水沼が追っていく!タッチアウト!
そして最も視聴率の高かったのが五つ子の成長記録。
足かけ7年5回にわたって放送されました
昭和51年から平成元年までに放送された番組は1,378本。
昭和の一時代を記録してきました
「NHK特集」放送開始から40年。
当時話題となった番組を中心に社会に伝えてきたのはどんな事だったのか3回にわたって振り返ります
こんにちは。
「NHK特集」そう聞いて懐かしく思われる方もいらっしゃるでしょうか。
現在の「NHKスペシャル」に引き継がれるまで13年間続いたかつての看板番組です。
今年はその放送開始から40年という事で今改めて振り返ってまいります。
スタジオのゲストお二方ご紹介致しましょう。
ジャーナリストの田原総一朗さん。
よろしくお願い致します。
よろしくお願いします。
そして動物写真家の岩合光昭さんです。
よろしくお願い致します。
よろしくお願い致します。
田原さん昭和の最後の時期に放送されました「NHK特集」今ほんの少しご覧頂きましたけれども改めてどんな印象を…?いくつか見てまして懐かしかったです。
ともかくねやたらにね長時間かけてよく取材してる。
僕は大変ファンでした。
そうですか。
この「NHK特集」が放送されましたのが昭和51年の4月から平成元年の3月までという時期なんですね。
どういう時代だったというふうにご記憶ですか?日本のね高度成長からバブルの時代です。
時代で言えばロッキード事件の時代。
田中角栄さんのね。
これが大騒ぎ。
それからこの「N特」の最後の頃昭和の最後の頃は冷戦が終わるんじゃないか。
大きく時代が動いた…?そうです。
大変大きく動いた。
はい。
もともとねやっぱり情報ニュースっていうのは新聞だったんですね。
はい。
新聞の時代から次第次第にテレビの時代になってきた。
みんながニュースはテレビで見ると。
報道番組もテレビで見る。
だんだんテレビが新聞を追い抜こうとしていた。
この時代ですね。
ええ。
岩合さんは「NHK特集」というとどんな印象がありますか?番組が始まる「N特」が始まるというと今までひっくり返ってエンターテインメント見てたのがパッとこう起き直して正座をして見たようなそんな記憶がありますね。
そして岩合さんご自身が「NHK特集」80年代の後半になりますでしょうかね。
2本「インド・タイガー」とそれからハワイの自然保護区を取材したものにリポーターとしてご出演になりましたね。
85年にハワイで86年にインドだったんですけど両方とも本当に今でもはっきりと記憶に残る本当にいい取材だったなと思いますね。
その「インド・タイガー」の時に一国の首相と語り合えるインタビューできるっていうのは信じられなかったですし本当に緊張感を伴った重い事を僕が背負ってるという何と言うんですかね本当に真剣になってその番組作りに参加させて頂いたような気がしますね。
どんな番組だったのかよく見られたもの。
視聴率が高かったベスト20をここに挙げてみました。
今さ〜っとご覧頂いてちょっとタイトルだけでは内容が分からないものももしかしたらあるかもしれませんけれども。
はっきり覚えてるのは五つ子ちゃんですね。
はい。
うん。
そうですね。
本当に「あっもうこんなに大きくなった。
成長は早いもんだな」っていうふうに思ってましたね。
あとやっぱり「地球大紀行」。
それは本当に…知らない事を本当に教えて頂くというような感じで本当に真剣に見てたような気がしますね。
そしてテーマが多岐にわたっていますよね。
それまでの報道教育ドラマスポーツといったそのセクションの縦割りの壁を取っ払ってあらゆる部局から自由に企画を出すという。
全局から参加すると。
はい。
それから視聴率もちょっと29.1%。
11位まで25%がドキュメンタリーで…。
ありえない。
でも翌日の学校で話題になるのはあんまり「N特」の話題じゃない。
どっちかっていうとエンターテインメント系の話で盛り上がったような気がするんですけどでもこれだけ視聴率というのが本当に驚きですね。
テレビが唯一の娯楽であり教養でありもちろん情報源でありと…だったんですね。
その「『NHK特集』40年」今日がシリーズの第1回です。
お届けするのは「自然・紀行編」です。
まずはどんな番組を放送したのかダイジェストでご覧下さい。
「NHK特集」記念すべき第1回の放送は早春の北海道宗谷岬から知床半島まで空からの航空撮影でした
音声いいですか?
当時フィルムに代わって登場したビデオカメラとどこにでも持ち出せるポータブル録画機。
この新しい技術で長時間撮影し続けるという映像表現に挑みました
(取材者)ただいま高度相変わらず1万3,000フィート非常に安定しています。
速度170マイルから175マイル。
…これが?いやいやもっと上。
もっと上。
上上…。
そうそう…。
これじゃない?これ。
はい。
雌阿寒岳の噴煙です。

霊峰富士を当時の撮影技術を駆使して描いたテレビ版富嶽三十六景
ナレーションを一切入れず映像と音楽だけでつづりました

長期取材による大型シリーズといえばこの番組です

初の大型国際共同制作番組で足かけ10年間にわたり42本を放送しました
考古学者たちは一体のミイラを発掘した。
この貴重な発見は当時世界中の注目を集めました
長い眠りから目を覚ました。
華やかな絹をまとい楼蘭を彩った貴婦人に違いない。
ふだん目を留める事のない身近な自然の驚異にもカメラを向けました
おっ対決ですか。
オオスズメバチがカマキリの頭を狙ってるんですね。
あっ頭を捕まえましたですね。
ああカマキリがやられましたね。
この日オオスズメバチは僅か35分でミツバチを全滅させてしまいました。
苦労の末撮影に成功した毎年ある一晩に起こる不思議な現象
実は数百万とも数千万ともとても数え切れないカゲロウの大群なのです。
川面全体から聞こえてくるザワザワッという音がカゲロウの羽音だと気が付いた時改めて発生のすさまじさに驚きました。
映像だけではなく大自然が奏でる音にも注目しました
(氷がぶつかり合う音)アイヌの人たちが神様の足音と呼んでいる巨大な音が摩周湖に響き渡っています。
(氷がぶつかり合う音)一進一退を続ける氷がぶつかり合い反響して巨大なうなり声となるのです。
一年の半分を雪と氷に閉ざされる北海道のアイヌの人たちは水の本当の姿を氷だと考えています。
その本当の姿の上を神様の足音が渡っていきます。
「NHK特集」の中から自然・紀行番組をご覧頂きましたけれどもいかがでしたか?いや〜よく撮ってますね。
しかもさっきの「富士山」ねナレーションなしで見せたってすごいね。
摩周湖の氷の音もすごかったですね。
ナレーションなしでね番組を作るというのも一つの挑戦だったと思うんですけれどもこれまで誰もやらなかった事をやるというまあ実験性ですね。
それから今まで誰もそこに価値を見いださなかったテーマを掘り下げていくというスクープ性それが番組開始当初からの目標だったんですけれども…。
1回目の「オホーツク海沿岸飛行」なんてね今なら当たり前ですよね。
当時はでも飛行機でしかもVTRで音も同時というのは初めてなんですよね?はい。
フィルムからVTR…ビデオになった。
フィルムが例えば100フィートですから100フィートが全部回してもね2分50秒なんですよ。
2分50秒で勝負しなきゃいけない。
ところがVTRになったら20分でも30分でも回せると。
全く変わった。
はい。
テレビのだからね作り方が…。
はい。
やっぱりこの「N特」が長回しができるようになって初めて成立した番組なんですよねきっと。
生き物が登場してるものありましたね。
スズメバチとカゲロウ。
いかがでしたか?やっぱりカメラマン「怖く撮ってやるぞ」っていうのが何かスズメバチの…。
それがすごく伝わってきますよね。
何かスズメバチ僕気の毒だなと思ったんです。
スズメバチの味方してあげてもいいなと…。
きっとあれ相当長い期間かけて撮ったんだよね?…だと思います。
出てるシーンは短いけども。
ねえ?あんなシーンないもんね。
めったに…。
ミツバチをこう襲うシーンというのは本当に粘って観察をして初めて捉えられるもんだと思います。
粘って粘って…。
そうですね。
初めにディレクターなりカメラマンが想定する。
こうなるであろうと。
まあ短い番組だったらその想定どおり撮るんですが想定どおりいかないと。
ええ。
そこでつまりいやおうなく新しい発見をし新しいまた体制を作んなきゃいけない。
これができるとこが「N特」のすばらしいとこですよ。
普通はそれできないから諦めちゃうんですよ。
「N特」で「シルクロード」っていうのがありましたけども…。
物事が起きてそれを報道としてただ撮るというだけではなくてやっぱり映像の美しさを非常に「シルクロード」は取り上げられていて本当に先ほどのミイラのシーンも光も考えててそのミイラが立体的に見える角度だとかそういう事を計算しながら撮られてて本当に現場でこれだけいい位置で決定的な場面って撮れるのかって僕はびっくりしましたけど。
そうか。
ええ。
ミイラ立体的に見えましたね。
立体的に見えましたね。
ライティングしてる訳ないと思うんだけど。
普通ですととにかくその物事が起きたらパッとカメラを回さなきゃいけないっていうとどうしても平らな映像になってしまうので。
光が…。
でもよく考えられてると思いますねその辺は…。
さあこうした「NHK特集」の中で今日これからご覧頂きますのは自然・紀行物の中では当時最も高い視聴率を記録したものです。
アマゾンの川で起きる謎の逆流現象を初めて撮影した…芸術祭優秀賞毎日芸術賞も受賞した番組ご覧下さい。
それはとても信じられないような話でした。
ブラジルのアマゾン川が一年のある特定の日の特定の時間に河口から川上に向かって恐ろしい勢いで逆流するというのです。
(吉田)最初にこの情報を聞いてきて教えてくれましたのはリオデジャネイロ駐在のNHK平田特派員なんです。
そのあと同じリオデジャネイロ駐在の小林特派員が現地アマゾン河口へ実際に調査に行くなどいろいろ調べました結果この大逆流現地アマゾンでポロロッカと呼ばれておりますこの大逆流が確かに4月の新月の頃に起こる事が分かりました。
そこで是非これを取材しようという事になりまして実際は材木の運送船なんですけれどもこの全長11mの川船をチャーター致しましてそのアマゾンの謎の現象の取材に挑戦する事になりました。
今取材スタッフと船の乗組員総勢12人の1週間分の食料を積み込んでいます。
大きなアイスボックスにおがくずと氷で肉を詰め込みましてそのあとカボチャとかバナナとか米などを積み込んでいます。
(吉田)これが一番大事な荷物でありますヘリコプターの燃料が入った4本のドラム缶です。
アマゾンの大逆流を私たちは徹底してヘリコプターで取材する事に致しました。
…と申しますのは過去にアメリカとドイツ2つの国の取材班が岸辺からポロロッカを撮影しようと致しまして波に巻き込まれていずれも全滅してしまうという悲惨な事故があった事が分かったからです。
船はアマゾン河口の港マカパを出港してアマゾンの北を流れる支流アラグァリ川に向かいます。
雨季が明けようとする4月水かさを増したアマゾンの流れと海の大潮とが衝突して力を競った結果津波のように川が逆流するというポロロッカが一番確実に起こるのはアラグァリ川だと分かったからです。
(吉田)これがこの船の働き者のコックのフランシスコ君です。
どんなに船が揺れましてもいつも職場を離れずに煮炊きしておりますけれどもご覧のようにジャガイモもカボチャも決して皮をむかないという困った主義をかたくなに守っております。
(吉田)フランシスコ君が足元に飼っている鶏もカメも食料です。
カメは後でゆでて食べさせられる事になります。
(小林)吉田さんここがマカパでしょ?こっから今この船がず〜っと大体この黒い筋これがカナールなんですけどねここを通ってきて今大体この×印の辺りにいると思うんですよ。
ですからねここからあとここまでこのアラグァリ川の入り口まで。
ここが大西洋になりますからね。
これはちょっと船が揺れるんですよ。
しかもこの船川船ですからね海を走るんでものすごいんですよ。
それからこのアラグァリ川を入ったすぐにここにイガラッペがありましてね。
ここの×印の辺りにこの船を止めて取材の本部にしたらいいと思うんですけどね。
それからこの横にちょうどヘリコプターが降りられるぐらいの平地がありますからここにヘリコ降ろすように一応考えてるんですけど。
この前の下調べに行った時も船はここ入れたんですよ。
もうこの辺沼地帯ですからね船から降りてこのポロロッカ取材の川っ縁までこれは膝ぐらいまで埋まる沼地ですからこの移動が大変だと思うんですけどね。
この辺に船に積んできた板ですね。
あれをず〜っとひいて。
それからポロロッカはここの川をず〜っとこう上ってくる訳ですから一番この場所がいいと思うんですけどね。
この49tの船ですけども年中入れるんですか?その小川は…。
(小林)いやあの〜ポロロッカの通過したあと増水しますからその間に船を入れて。
結局帰りもポロロッカの通過したあとで増水してる時に船が戻ってこなきゃならない。
ですからねチャンスはまあ大体一日に2回ぐらい。
各2時間ぐらいの間ですね。
その時間にうま〜く入れないと沖合で待ってなくちゃならないって事になる訳です。
夜の増水ん時は大丈夫ですかね?夜は駄目ですね。
この前の下調べん時に船長とも相談したんですけどね流木が多いんですよ。
ポロロッカで倒された木なんかが流れてますからね。
夜は流木が見えないんで夜は出入りはできませんね。
じゃあ朝1回って事ですね?そういう事ですね。
(吉田)何人ぐらいの部落なんですか?そこは…。
(小林)ここはね人間にして大体50人弱ですね。
家数にして10軒から…10軒ちょっとありますかね。
静かないい所ですよ。
ただ湿気が多いですけどね。
一種の水上生活みたいな。
まあそうですね。
家をもう床をね増水の時に水かぶりますからね。
床下が1m半ぐらい上げてあるんですよ。
もうあとは周りは全部沼ですからね。
水の多い時はカヌーで行き来して水が少ない時はもう膝ぐらいまで沼の中を歩くような生活です。
電気ないっていうと夜は真っ暗ですね?電気はありません。
夜はもう本当に真っ暗でランプなんかつけてるのもあまり見ませんね。
暗くなるともう寝ちゃうんじゃないですかね。
ポロロッカはねここのほかにこちらの方でもあるらしいですよ。
あんまり幅が広くて深い所このアマゾンの今のこの本流のような所ね。
こういうとこはないんだそうです。
みんなこういう細くてね支流の狭い川に多い。
(吉田)それじゃもうほとんど現地の人しか見た人はいない訳ですね?現地の人しか見た事ないですね。
日本人では本当に我々が初めてですよ。
ましてねブラジル人でベレンにいる人マカパにいる人でも見てないんですから。
昔からポロロッカという話はブラジルでは伝わってますけどそれもリオサンパウロの人じゃ知らないでしょう。
まあ一種の幻の…幻のポロロッカですかね。
マカパを出てから28時間。
49tの川船ニヤテルイズジョゼ号は大西洋の波を無事に乗り切ってアマゾン川の支流の一つ取材班が目指すアラグァリ川の河口にたどりつきました。
ここで左に舵を切って船の幅とほとんど同じくらいしか川幅がない狭い小川に舳先を入れます。
(吉田)これあの…今必死で入れてるとこだからね。
14家族46人の人々が住むグァラ村。
村の大通りとも言える小川に船を乗り入れた取材班は船ごとこの村の客として数日間のごやっかいになる訳です。
機材の荷降ろしは完全に夜が明けきってから始めました。
VTRとそのカメラの関係の機材の重量は全部で600kg。
フィルムカメラの方の機材が200kg。
電気がない村ですからこれら全てを携帯用発電機と電池で働かせなければなりません。
草を刈ってヘリコプターを迎えるためのヘリポート作り。
水かさが増した時に備えて機体を持ち上げるための木組みも用意します。
(吉田)待ちに待ったヘリコプターの到着です。
実はチャーターしたヘリコプターなんですけれども約束どおりに来てくれるかどうか全く不安でした。
落ち合う場所はへき地ですしその上仕事は危険です。
その上大体一体に南米諸国の人々は時間がいっつもおおまかでまあ日本人から見ますと当てになりません。
ところが一方のポロロッカは全く正確に定刻に来るはずなんです。
ですからヘリコプターがもし間に合わなかったらスタッフ一同ここまで来た事が全く無駄足になるからです。
パイロットのアラオーさん。
スタッフは後にこの人が極めて大胆でそして極めて注意深いめったにいない名パイロットである事を知る事になります。
早速飛び上がって空から見ると村の構造がよく分かりました。
一軒一軒がメインストリートとしての小川と橋で結ばれています。
グァラ村の人々はほとんど牧畜で生計を立てています。
これは彼らが飼っている牛。
僅かに草のある川辺を天然の牧場として放牧しているのです。
湿原を飛ぶシラサギの群れ。
広大なアマゾン流域には至る所にこうした湿地帯が広がり湿地帯の面積だけでも日本列島の倍近いといわれています。
赤い翼の美しいベニヘラサギの群れも見えます。
予定では翌朝ここで川が逆さまに流れるはず。
しかし一体本当に水が川上に向かって流れるのでしょうか。
昔から「たとえ太陽が西から昇ろうともテムズ川の水が川上に向かって流れようとも私の愛は変わりません」というふうに川の流れは変わらぬものの代名詞にさえなっているのです。
4月8日の朝です。
辺りが白み始めるとホエザルが一斉にほえ始め更に遠くからもう一つの不気味な音が近づいてきました。
(吉田)河口に長い長い一筋の白いものが見えたのが午前7時40分です。
これがポロロッカです。
(吉田)初め聞いておりましたように海の大潮がやって来て川の水とぶつかってそれで持ち上がったのだと一生懸命納得しようと思いましたけれどもなんとも薄気味が悪くヘリコプターの上で思わず手に汗を握りました。
(吉田)横から見るとアーチ形できれいな弓形です。
時速40kmほどでひたすら川上に向かっております。
(吉田)大体海の波ですと一度打ち寄せますと必ず引きますのにこれはひたすら川上に向かっております。
ひたすら前進するだけだという事に気が付きました時にまさに慄然たる思いが致しました。
やがて波は岸辺を洗い始めました。
湿っぽい岸辺を腹ばって前進してくるその姿は事実嵐の前の恐ろしいエネルギーを秘めていたのです。
やがてそのエネルギーが解き放たれ沸騰する怒とうとなって岸に衝突する現象を土地の人々はバンゼイドと呼び何よりも恐れるのです。
今そのバンゼイドはまだ子どもです。

(吉田)結局2時間にわたってヘリコプターで追い続けたんですけれどもこちらの燃料が切れそうになってもポロロッカの勢いはまだ衰えておりません。
今もはるか上流に向かっていちもくさんに遡っていきます。
(吉田)ポロロッカが通過したあとの岸辺です。
枝葉をもぎ取られた樹木が累々と横たわっています。
残っているのはしっかりと根を張って弾力のある竹だけです。
情報によりますとポロロッカは明日の朝もまた来るという事なので再度超低空飛行で挑戦する事に覚悟を決めました。
(鐘の音)授業開始10分前を知らせる学校の鐘が鳴りました。
生徒たちのカヌーが櫂のピッチを速めます。
グァラ村には立派な分教場があるのです。
この村の住民は皆白人とインディオの混血でブラジルでカボクロと呼ばれる人々です。
遺伝の法則のとおり突然金髪で真っ白な肌の子どもが現れたりしますがみんな初期にアマゾンにやって来たポルトガル人と原住民のインディオとの間に生まれた人々の子孫である事に違いはありません。
先生は奥さんと赤ちゃんと一緒に村に赴任してきていわゆるへき地教育を続けている人。
広大な国土のあちこちにこういう小さな村が点在しそこに分教場をつくり先生を派遣しなければならない事は今ブラジル政府の悩みの種の一つです。
しかしその努力は報われ例えばこの分教場の生徒たちはすばらしい絵を描きます。
キリスト生誕の絵にはさすがお国柄でサッカーをする人々が描き添えてありました。
(通訳)リニューソン君で7歳だそうです。
実にさまざまな年齢の子どもたちがいるので名前と年を聞いてみました。
(通訳)アントニオ君で7歳。
(通訳)ホイヨ君で12歳。
(吉田)65歳のアントニオ・パウロさんは長い長い休学の後の再入学です。
犬と孫のエレーニちゃんがおじいさんの付き添いです。
(通訳)65歳。
(通訳)エレーニさん4歳だそうです。
(吉田)村の人たちはいつも大体きちんとした服装なんですけれど今日はカメラに映るんでまた特別に盛装しているようです。
それに致しましても赤土色のあの川の水しか使えませんのにシャツをこんなに真っ白に洗濯する彼らの技術に全く驚かされます。
私たちスタッフは洗ったものをみんな泥色にしてしまいました。
(通訳)マレニオ君で9歳だそうです。
(通訳)ノエネスさんで17歳です。
丘に引き上げられた船に住み着いているヤギの夫婦。
いつかあの不気味なホエザルの叫びもやんでいました。
平和なひとときです。
村の中心を走るイガラッペ。
小川の水位は時間によって著しく変わります。
そしてそれに従って村も水浸しになったり水がなく湿っているだけの状態になったりするのです。
午前10時水位の一番高い状態。
3時間後午後1時。
水は全く引いてカヌーがなくても家と家とを自由に往来できる状態になりました。

(吉田)徹底的な泥んこ遊びです。
日本ではちょっとまねができないですよ。
実は私最初にこの姿の子どもたちが立ってるのと擦れ違った時にこんな所にお地蔵さんがたってるのかと仰天致しました。
この泥で私たちスタッフは足がかぶれたりしたんですけれども村の人たちによりますとこの泥が健康の源なんだと言います。
日本でもまあ美容術で顔や体に泥を塗るのがあると聞いた事がありますからあるいはこの説も本当なのかもしれません。

(騒ぐ声)大騒ぎが始まりました。
一本の木の上にこの間子どもと犬にケガをさせたコアリクイが見つかったのです。
アリクイは本当はおとなしいのですが足に石油缶を突き破るほど鋭い爪を持っていて不意に敵が近づいたりしますと驚いてこの武器を使うのです。
この間も子どもと犬が相当のケガをしました。
だからちょっと懲らしめておこうと投げ縄を使っての敵討ちを始めたのです。
(犬の鳴き声)どこ行った?向こう側?もう縄掛かった?いやいや掛かってないまだ。
掛かってない?まだ?ひどい目に遭ったコアリクイはほうほうの体ででもめでたく逃げてゆきました。
朝分教場で授業を受けていた17歳のノエネスさん。
兄さんが近くのジャングルで捕まえてきたという彼女の大事なペットの子どものサルです。
(吉田)ここでスタッフから一斉に出た質問は「ポロロッカが来る直前に不気味な声で鳴くあのサルがこれだろうか?」という質問でしたけれどもあれは全く別の種類だという事です。
あれは喉にこぶみたいな鳴き袋を持っていて日の出と日の入りそして雨の前に辺りで一番高い木の上に座って周囲をにらみ回しながら4km四方にとどろくような大声で鳴くグアリーベというホエザルなんだそうです。
しかも群れの声ではなくてあれは一匹の声だと主張する村人が多いんですけれどもその真偽はちょっとよく分かりません。
水が引いているうちにこの村の一番平均的だと思える一軒の家を訪ねてみました。
12歳を頭に109つ7つ5つ4つ1つという7人の子どもを持つご夫婦でした。
台所にはピカピカに磨き上げられた鍋が並びオーブンつきのガスレンジがあります。
燃料はボンベ入りのプロパンです。
翌4月9日日の出とともにまたホエザルが鳴き始めました。
わらぐつのようなつり巣を木の上に作るムクドリモドキも落ち着きません。
クロコンドルもバタバタと羽を鳴らします。
海からまたあの不気味な音が近づいてくるのです。
(吉田)ポロロッカという言葉はもともとインディオの言葉で「大きな音大音響」という意味なんだそうです。
確かにポロロッカがやって来る1時間ぐらい前からすごい海鳴りがします。
(吉田)上空から見ますと河口に近くまたポロロッカが誕生していました。
世界で初めてポロロッカをテレビカメラに収める事によって以前これに挑戦して命を落としましたアメリカとドイツの同業者の弔い合戦にしようと意気込んでいる我々ですけれどもこの12kmの川幅いっぱいに広がってみるみる近づいてくる白い牙の行列を見ますとやっぱり息詰まるような思いになってきます。
(吉田)このポロロッカとおんなじ現象は中国の浙江省を流れる銭塘江という川そしてイギリスのSevern川などでも起こるという事です。
しかしこのアマゾン流域に比べますと比べ物にならないほど規模が小さいと聞きました。
この現象は漢字で書きますと「海嘯」英語では「tidalbore」と呼ばれるという事です。
しかしいずれに致しましてもこのアマゾンのものが群を抜いて世界で一番大きい潮津波である事は確かでそれでもほんの僅かの地元の人以外にはこの実物を見た人はこれまでにいないという事です。
この辺りで波の高さは水面から3m。
鉛色のたてがみをしぶかせながら時折2段3段の陣容になって川上に向かいます。

(吉田)言い古された言葉なんですけれどもまさしく大自然の驚異に圧倒された思いで再び地上に戻ってまいりました。
それに致しましても沿岸に住んでいる僅かな住民たちはこの自然の猛威を伝統的に肌で知っておりましてポロロッカの被害を受けそうな場所には絶対に住まずまたその時期に絶対にカヌーを出したりも致しません。
これも考えてみますと大変な知恵と感覚だと思います。
すぐに慌ただしい別れが待っていました。
水位が高いうちに船を小川から出さなければならないのです。
(吉田)命懸けの超低空曲芸飛行をしてくれたパイロットアラオーさんとの別れです。
彼の勇気大胆さと細心な注意深さに心からお礼を言います。
向こうもエチケットで同じように我々を褒めてくれました。

(吉田)村人たちは夢中で別れを惜しんでくれました。
本当にいい人たちでした。
たった数日の滞在でしたけれども全くすばらしい不思議な事を体験させてくれた不思議な村でした。
狭いイガラッペからポロロッカが通ったあとの広いアラグァリ川に船は出て再び大西洋に向かいます。
その間もポロロッカはとめどなく川を遡ってゆきます。
一説によるとそれは川の地形に従って現れては消えまた現れては消え河口から200km以上も遡るといわれます。
あの潮津波が一体どこまで旅をするのか確かめた人はまだ一人もなくただアマゾンだけがそれを知っているのです。
いや〜すさまじいですね。
こんなもんがあるとは…。
初めて見ました。
うん。
すばらしいですね。
自然の怖さというかそれをすごく見せつけられたような気がしますね。
火も怖いですけど水も怖いですからね。
その辺がカメラの迫力…。
あと吉田直哉ディレクターのすごい素直なリポートが何かこう心にしみてくるような…。
彼の素直さというか「これがすごかったんだよ」みたいな…。
それがよかったですね。
今やちょっと作っちゃっててあんまり…あれだけの素直さが今の番組出せるのかなっていう…。
逆に思いましたね。
今から30年そして40年前の「NHK特集」。
自然や紀行物ですね今日何本かご覧頂きましたけれども。
新鮮ですよ。
ちっとも古びてない。
やっぱり深い取材…長時間かけたリサーチをしたそういう取材は古びないと。
で「N特」がその事を今も残してるんじゃない。
本当にこういう現象が起きるってただ聞いて行ってそれを実際に撮ってしまうっていうそのすごさっていうのはやっぱりNHKでしかできないんじゃないでしょうかね。
こうした「NHK特集」がそうした挑戦をしてきた事やろうとしてきた事そして今現在残してるものですねそれが今そしてこれからのテレビですとかジャーナリズムにどういうふうにつながっていくというふうにお考えですか?初めての挑戦への驚きの多さこれはやっぱりねテレビの基本ですからとても大事です。
変に作ったりしないでね。
直球ですね。
直球。
本当に豪速球ね。
直球です。
テレビの基本は直球だと思います。
今日はどうもありがとうございました。
2016/11/13(日) 13:50〜15:00
NHK総合1・神戸
NHKアーカイブス▽テレビが伝えた知られざる世界“N特”放送40年 自然・紀行[字]

昭和51年にスタートした「NHK特集」。放送40年の節目にかつての話題作を振り返る。第1回は自然・紀行番組編。「ポロロッカ アマゾンの大逆流」など話題作を紹介。

詳細情報
番組内容
昭和51年4月にスタートした「NHK特集」。現在のNHKスペシャルの源流となった番組の放送から40年、“N特”が伝えたものとは何だったのか3回にわたって振り返る。第1回は自然・紀行番組。自然番組で最も視聴率の高かった「ポロロッカ アマゾンの大逆流」を全編放送。ほか、第一回放送の「氷雪の春」、「シルクロード」、「襲撃〜スズメバチの恐るべき生態」「神の湖 摩周湖」など話題作をダイジェストで紹介する。
出演者
【出演】ジャーナリスト…田原総一朗,動物写真家…岩合光昭,【キャスター】森田美由紀