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字幕書き起こし NHKスペシャル「又吉直樹 第二作への苦闘」 2017.02.26

東京都内のとある住宅街にそのアパートはある。
家賃は4万円。
売れっ子芸人にして芥川賞作家又吉直樹の仕事部屋である。
今受賞作「火花」に次ぐ第二作を執筆している。
書き出しはこんな言葉から始まる。
何もないところに架空の物語を立ち上げる孤独な作業。
処女作が最大のヒットに終わり一発屋として消えていった者は数知れない。
売れっ子芸人と作家という二足のわらじ。
鬼鬼鬼…!うるせえなお前。
自分の意識の奥底まで探り形ある言葉に置き換える。
目を背けてきた記憶に向き合い物語につむぎ直す。
そして暗闇にある言葉を拾い上げていく。
又吉直樹第二作への苦闘に半年間密着した。
お笑いコンビピースとして活躍する芸人又吉直樹36歳。
たくさん入って頂きましてありがとうございます。
お待たせ致しました。
先生の登場でございます!
(拍手)フフフッ。
気持ち悪いわ。
大阪から18歳で上京。
売れない下積みの10年間を送った。
芸人らしくなく内向的で不器用。
考え抜いたつもりのネタもすべるばかりだった。
待った?ああずっと待ってたよ。
2日も前からね。
気持ち悪いよ。
今や週に10本ものテレビ番組を抱える売れっ子芸人である。
お疲れでした〜!お疲れでした。
仕事を終えるともう日付が変わっていた。
芥川賞を取ってからはエッセーなどの執筆の依頼も急増した。
又吉は自宅に戻る前に極力この部屋に寄る事にしている。
ここに来れば作家にスイッチが切り替わる。
決して居心地がいいとはいえないこの部屋を選んだのは食うにも困った時代を自分に忘れさせないためだという。
処女作「火花」を書き上げたのもこの部屋だった。
「火花」の主人公は売れない若手芸人。
自信家の先輩芸人と出会い2人で理想の漫才を追い求める。
しかし空回りをするばかりで夢破れていく。
登場人物には売れない時代の又吉の心情や仲間の姿が投影されている。
ふだん本など読まない若者も芸人又吉の書いたものならとこぞって手に取り290万部を超える歴史的ベストセラーとなった。

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  そして初めてのノミネートで芥川賞受賞。
選考委員からは若者たちの挫折を切なく描いた青春小説として高い評価を受けた。
作家としての真価が問われる第二作。
今回又吉が書こうとしているのは恋愛小説である。
主人公は売れない劇作家。
その苦悩を全身で受け止める恋人。
2人の関係がさまざまな出来事を経て変化していく物語である。
実はこの作品は「火花」より先に書き始めていた。
しかし原稿用紙60枚分を書いたところで書き進められなくなった。
そんな頃別の小説の依頼が持ち込まれた。
一気に書けた。
それが「火花」となった。
恋愛小説の原稿はそのまま寝かせてしまう事になった。
勝負の第二作として又吉は恋愛小説の続きを書く事に決めた。
9月第二作の本格的な執筆が始まろうとしていた。
おはようございます。
目標は年内の完成である。
数か月ぶりにまとまった4日間の休暇が取れた。
この全ての時間を執筆に充てると決めている。
到着したのは羽田空港だった。
又吉が第二作の執筆を始める場所に選んだのは札幌だった。
そうですね…主人公の売れない劇作家。
その内面に又吉は自らの下積み時代の心情を投影しようとしていた。
自分の才能を信じるものの誰にも認められない挫折感焦燥感。
あのころがよみがえってくる。
現実にいたら近寄りたくないような人物にいかに共感してもらうか作家の力量が試される。
恋愛小説。
主人公の恋人は明るくまっすぐな女性。
評価されず孤独の中に沈み込む劇作家が彼女と出会い物語が始まる。
主人公が後に恋人となる女性を初めて街で見かける場面。
「えっ?」。
そうですね…又吉はしかし十分な手応えをつかめずにいた。
「火花」執筆の時は登場人物が書き手である又吉を離れひとりでに動き出したという。
今回はまだその瞬間は訪れていない。
今回又吉に小説を依頼したのはこの出版社の文芸誌である。
編集長の矢野優さん。
この文芸誌には芥川龍之介太宰治なども書いてきた。
又吉から送られてきた途中の原稿を読んで矢野さんはその力量に驚いた。
何気ない一文なんですけども…思ったんですよね。
札幌で100枚まで進めた原稿だったが数週間たっても枚数はほとんど増えていなかった。
テレビ番組への出演お笑いの舞台エッセーなどの原稿。
覚悟していた事だが小説執筆の時間は取れない。
睡眠時間を削り小説の執筆に充てようとするがそれも限界がある。
仕事部屋に戻ってもすぐには小説の執筆に取りかかれない。
締め切りの迫る仕事に追われると小説の執筆はどうしても後回しになってしまう。
そうですね。
ほかの原稿が終わったからといってすぐに小説を書き始められる訳ではない。
現実を離れ物語の世界に自分を置き直すには時間がかかる。
結局この日も1行も進まなかった。
又吉は子どもの頃から自分は変な人間だと思っていた。

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  内向的なくせに周りの声に応えようとして道化を演じるケンカを買って出る。
なぜそんな事をしてしまうのか自分でも分からず葛藤に苦しんでいた。
そんな又吉を救ってくれたのは太宰治や芥川龍之介の小説だった。
自分と同じ苦しみを持つ人がいる事を知った。
文学は頭のいい人たちのためだけにあるのではない。
そして「火花」を書いた。
確かに本など読まない若者が手に取ってくれたが返ってきた声にがっかりした。
それも違うって言われるんですけど…文学としての面白さと本を読まない若者にも理解される分かりやすさ。
恋愛小説ならそれを両立させられるかもしれないと考えた。
しかし登場人物はまだ生き生きと動き出さない。
劇作家の主人公と恋人。
2人の生活がリアリティー豊かに立ち上がってこなかった。
又吉は執筆の壁にぶつかると街に出る。
この日も2人の生活を描くための手がかりを求めて20代の頃に住んでいた町に向かった。
行けば必ず眠っていた記憶抱いていた感情がよみがえる。
それが作品を思わぬ形で動かす事がある。
三鷹台は又吉が上京4年目に住んだ町。
ここは当時1人暮らしをしていた木造の古いアパート。
売れなくてお金はなかったが家に帰ってお気に入りの本や家具に囲まれると幸せな気持ちになれた。
何て言うのかな?思い切って買った3万円のソファー。
そこに座り寝そべると安らいだ。
先の見えない生活の中でのささやかな幸せ。
又吉はソファーの記憶を2人の生活の幸せの象徴として小説の中に置いた。
又吉の中で恋人たちの物語が動き出したようだった。
300枚近くまで書き進め第一稿を仕上げた。
原稿はすぐに矢野編集長のもとに届いた。
しかし矢野さんは掲載にゴーサインを出さなかった。
作品が恋愛の描写に比重がかかり過ぎている。
劇作家としての苦悩をもっと描き主人公の内面を掘り下げるべきだと伝えた。
締め切りは決めない。
もっと高みを目指してほしいと書き直しを求めた。
自分自身では手応えがあった原稿だった。
はいじゃあ5秒前。
432…。
うまくいかないな〜。
声がちょっと小さかったからかな〜。
仕事中も小説の事が頭を離れない。
第二作執筆にあたり又吉は目標を掲げていた。
分かりやすさ。
「火花」が出たあと読者から届いた難しいという声に応える。
そのために恋愛小説という形を選んだ。
矢野編集長の言う劇作家の苦悩を掘り下げる事が本当に正しい方向なのか又吉は迷っていた。
しかし矢野編集長という壁を越えない限り掲載は決まらない。
12月下旬又吉は書き直しに取りかかっていた。
主人公の苦悩を掘り下げる事で恋愛小説としてももっと奥行きが出るのではないか。
そう考え直した。

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  真っ白な画面を見つめながら主人公に背負わせる苦悩を自分の心の中から探す。
意識の奥底に降りていき自分自身も気付いていない認めたくない嫉妬悪意を見つけ出す。
劇作家の主人公がライバルの活躍を耳にし独白する場面。
それができる…できてる。
すいませんお疲れさまです。
ありがとうございます。
矢野編集長が又吉を行きつけのバーに誘った。
そうですね。
矢野さんはこの日又吉のために一人の人物を呼んでいた。
ご無沙汰。
古井由吉79歳。
芥川賞を36年前に受賞した作家である。
受賞作「杳子」をはじめ日常を濃密に内省的に描く作家で又吉がひそかに師匠と慕う存在である。
これまで古井さんの朗読会に足を運んだり対談も行っている。
又吉に小説を書いてみたらと勧めたのも古井さんだった。
ああそうですか。
うん。
そうですね。
そうですね。
そういう事ありますよね。
なるほど。
又吉はゲラの推こうに取り組んでいた。
手書きで一文字一文字丁寧に赤字を入れていく。
古井さんの「あなただから書けるものがある」という言葉は大きな励ましを与えてくれた。
かつて葛藤を抱えていた又吉が太宰治や芥川龍之介に救われたようにひょっとしたら自分の作品も誰かを救えるかもしれない。
そんな又吉がたどりついた言葉がある。
「本当によく生きて来れたよね」。
誰にも伝わる平易な言葉。
その場面。
「本当によく生きて来れたよね」。
矢野さんもこの言葉がキーワードだと感じた。
人間の運命のレイヤーみたいなものが…おはようございます。
原稿の掲載が決まった。
タイトルも付けた。
「劇場」。
深い文学性と誰もが読みやすい大衆性の両立。
目指していた目標が達成できたかどうか自分では分からない。
又吉は300枚の原稿を完成させた。
半年間の苦闘が終わった。
職業作家として書き続けられるかどうかまだ自信はない。
しかし自分にしか書けないものがあるという事には自信がある。
第三作のテーマはまだ決まっていない。
2017/02/26(日) 21:00〜21:50
NHK総合1・神戸
NHKスペシャル「又吉直樹 第二作への苦闘」[字]

東京都内の住宅街にある、築30年の風呂なし6畳のアパート。売れっ子芸人にして芥川賞作家・又吉直樹の仕事場である。「火花」に続く第二作の執筆活動に半年間密着する。

詳細情報
番組内容
又吉直樹の処女作「火花」は、280万部という驚異的なベストセラーとなった。しかし、文学界では、処女作が最大のヒットとなり、そのまま消えていく一発屋も少なくない。文学などに関心のない若者に読んでもらえるものとはどんな作品なのか。しかし、売れっ子芸人でもあり、執筆の時間も限られている。睡眠時間を削り、魂を削りながら苦闘を続ける。普段見ることのできない、ひとつの作品が生まれるまでの苦闘を克明に記録する。
出演者
【出演】又吉直樹,【語り】ミムラ,【朗読】段田安則