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字幕書き起こし ミュージック・ポートレイト(最終回)「松本隆×斉藤由貴 第2夜」 2017.02.23

すごいですねこんな短時間で。
ビックリしました。
お邪魔します。
女優斉藤由貴が30年来の恩師作詞家の松本隆と語り合います。
お帰りなさいませ。
アイドルデビューし初代スケバン刑事で大ブレイク!スケバン刑事!歌手としてもヒット曲を連発し「紅白歌合戦」にも出場。
トップアイドルへの階段を上った第1夜の曲は?鏡の中の自分と会話する内気な少女。
この曲をオーディションで歌いアイドルに。
しかしそれは苦しみの始まり。
夜中の2時から表紙の撮影とか。
一方の松本隆67歳。
日本を代表する作詞家です。
これまでおよそ400組のアーティストに詞を提供。
時代を越えて愛される歌を生み出し続けてきました。
そんな松本が作詞家の道を切り開いた第1夜の曲は?早熟な幼少期音楽に魅せられ…。
ロックのとりこに。
バンドで人生の勝負をかけます。
そして「ロックは英語」という常識を変えます。
僕の中では…一転歌謡曲の作詞家へ。
周囲の批判と闘います。
・「くもり硝子の向うは風の街」・「問わず語りの心が切ないね」そして松本が作詞し斉藤の運命を変えた曲。
2人は出会いました。
・「ああ卒業しても友だちね」・「それは嘘では無いけれど」斉藤由貴のポスターが貼ってあって唇かんで泣かないとかわいいだろうなって。
今夜は第2夜。
時代の頂点を極めた2人の表現者。
知られざる苦悩と葛藤が語られます。
人生の大切な曲を通じて2人の本音に迫ります。
松本の書いた「卒業」で衝撃的な歌手デビューを果たした斉藤。
一気にトップアイドルへ駆け上がります。
うるせえ!川崎…。
椎名純子を刺したのは貴様だな!フン!連ドラ初出演となった初代スケバン刑事。
この作品で斉藤の人気は絶頂に。
だがなてめえみてえに欲のためなら人殺しもいとわねえなんてそこまで魂は薄汚れちゃいねえぜ!更に19歳の時本格派女優として転身するきっかけの作品と出会います。
最高視聴率49.7%の伝説の「朝ドラ」。
あったあった!ありました!どこだ?ほらここここ!「西洋料理術ご指南」。
私の書いた文章が一字一句間違えずに載ってるの。
これが私の書いた文章なの。
私の生まれて初めて書いた新聞記事なの!さすがはわしの孫。
「はね駒」。
ヒロインの女性新聞記者を見事な演技力で演じきり高い評価を得ます。
更に…。
第37回「NHK紅白歌合戦」!勢いもそのままにその年の「紅白歌合戦」へ。
紅組のキャプテンとして司会に抜てきされたのです。
紅組はもう既に団結しています!皆さん紅組を応援して下さい!斉藤はデビュー3年目で司会に歌に大活躍しました。
「悲しみよこんにちは」。
もしかしたら私に見えない所で違う部分もあったのかもしれないんですけど少なくとも私に見えてる部分だけの事を言えば…自慢してるとかうんぬんという事ではなくてやる事なす事が全て当たり前のようにうまくいってた時期だったから。
「朝ドラ」のヒロインに決まった事とか「紅白歌合戦」の初登場で初司会。
今思うとものすごく大変なすごい大きな事だったんだろうけども何かそれを…それが自分に与えられた仕事。
来て当たり前ぐらいの気持ちで。
「あっ次はこれをやるんだ。
あっ次はこれをやるんだ」っていうそんな感じの時代だったですよね。
しかしトップアイドルの多忙な生活には大きな苦しみも付きまといました。
それは自分の本音とは異なるアイドルとしてのキャラクターを求められる事。
何が本当の私なのか。
自分が削られていってるっていう自覚は明らかにありましたよね。
削り取られてってるっていう。
だからその不安はすごくいつもありました。
忙しすぎて。
自分らしくない事をそのうち思ってもいないのにしゃべりだしちゃったら嫌だなって。
すごく自分で自分が混乱するだろうなってそういう危機感はいつもあったかな。
もともと周囲となじまない少女だった斉藤。
本当の気持ちを言えない苦しみをマドンナのこの曲が開放してくれました。
大好きなんです。
意外です。

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女性ボーカリストがもともと好きなんですけど。
マドンナは意外だな。
コンサートにも行ったし。
本音で生きる開放的な女性を歌う歌詞とマドンナのかっこよさ。
この歌を支えに自分を削り取っていくトップスターとしての日々と闘っていきます。
自分がほら望まれてる役割がマドンナとかの存在とは対極にあるようなイメージでしょ。
何かこう自分の中でいつも真逆のものを求める気持ちがすごい強くて。
多分。
自分はもう本当に機械的なスピードで働いててこの時期。
すごくつらい時期であまりにも忙しくて。
その時にこういうマドンナとかのはっきりした表現のものを聴くと気持ちがすごいスカッとした。
皆さんこんばんは。
今日は小学校の生徒さんの楽しい歌とか踊りとかをご紹介しましょう。
次は!次は…。
次は誰でしょう?この子のね名前が決まったのよ。
へえ〜何て名前?オラシオン!スペイン語でね祈りっていう意味なの。
オラシオンは6月1日より練習を再開。
筋肉の引き締まった15日ごろから徐々に追い始め…。
10月の新馬戦に出しなさい!私は馬主よ!馬主が命令してるのよ!女優としてステップアップする一方歌手としても活躍。
「夢の中へ」は40万枚のヒットを記録しました。
苦しみながらも懸命に前へ進んできた斉藤。
そしてデビューから10年。
28歳の時大きな決断をします。
一つ年上の男性と出会って10日で結婚を決意。
そして一度仕事から離れ半年の間夫と共にアメリカで暮らす事にしたのです。
思い切って仕事から半年離れてアメリカで暮らした。
その時に普通にダラームービー1ドルの安い映画を夜中の11時ぐらいに見に行ったりとか。
何か私は女優とかこの仕事をしてなければ生きてる価値はないとまでは言わないけど…仕事をしてて当たり前と思ったけどそうじゃないんだって。
別に縛られる必要もないし…何でもない自分とつきあってる時にすごくその事を感じました。
いい事だね。
初めて仕事を離れて過ごす平凡で幸せな日々。
夫がプレゼントしてくれた曲が響きました。
結婚した時にうちの旦那さんがベタに私に何て言うかプレゼントじゃないですけど聴かせてくれた曲なんですね。
すごい月並みな普通のラブソングアメリカ人ポップス歌手のラブソングなんですけどそれまで自分が割と物事をひねくれてじゃないけど斜に構えてしまってこむずかしくしてしまうところが私にはあって。
30代松本はヒットメーカーとして不動の地位を築きます。
仕事は次々と舞い込み多忙はピークに。
毎日が締め切りの連続。
一晩で6曲を仕上げる事もありました。
栄光の陰で松本は疲弊します。
まあブラックでしたね。
そうですね。
結局みんな「ベストテン」とか「ヒットスタジオ」が終わってからレコーディング始まりますみたいな。
夜中の?夜中の12時ぐらいスタートでね。
そうでしたかね。
2時とか3時までやって。
終わると夜明けみたいな。
自分で車運転するから車で帰ってくるでしょう。
だからシャッターの前でさ寝てる訳。
それすごい!そのぐらい疲れてんの。
待ってらんない訳。
そうすると翌日削れるのね。
その回復してない部分がね。
それを毎日繰り返してると…そして1位を取って当たり前という周囲からの期待。
大きなプレッシャーが松本を常に襲います。
いつか売れなくなるのでは…。
もうやめたいやめたいやめたい。
出す曲出す曲ヒットヒットヒットなのにやめたかった?だってさ「次のが売れなかったらどうしようどうしよう」っていつも思ってて。
上った坂はいつかは下るだろうなとか思うじゃない。
それを何か一日延ばしに延ばしてるみたいな感じだったから。
トップの地位から滑り落ちる日が来る。
その不安は次第に現実のものになっていきます。
時代は昭和から平成へ。
歌謡曲のベストテン番組は次々と終了し時代の変遷期を迎えます。
バンドやシンガーソングライターなど自ら曲を作るアーティストが台頭。
そして希代のヒットメーカーにまさかの不遇の時代が訪れました。
その時松本が選んだ道。
それは一度思い切って表舞台から身を引き自分を見つめ直す事でした。
1990年ぐらいで一回クローズしたんだよね。
歌謡曲から離れて…。
うん離れてたね。
能見たりバレエ見たりオペラ見たりして。
自分に足りないものは何か。
7年もの間流行とは距離を置き古典の音楽や芸能を学ぶ研鑽の日々が始まりました。
苦しかったこの時期松本はある曲と出会いました。
絶望のふちにいた若者が道端で出会ったのは手回しオルガンを弾く老人の音楽家。
誰からも注目を浴びなくても淡々と演奏を続ける姿に救われる物語です。
この年老いた音楽家の姿に松本も救われます。
松本は共感しこの曲に日本語詞をつけました。
自分ができる事をただひたすら続けよう。
松本は多くのジャンルの音楽を吸収しいつか訪れる春を待ちました。
そして7年間ものブランク。
松本に大きなオファーが舞い込みます。
ジャニーズ事務所からの作詞の依頼でした。
当時既にトップアイドルだったKinKiKidsがついにCDデビュー。
その曲に課せられたハードルは高いものでした。
ジャニーさんから「この子たちは人気があるからミリオン」って言われたのね。
「最低ミリオン売りなさい」って言われて。
そんな事まで使命を受けるんですか?そう。
それが注文なのね。
あと内容は全然もうお任せで。
好きなもん作ってっていう感じで。
とにかく売れと。
不安もある訳じゃない?7年もブランクあったら。
松本は全力で取り組みます。
2人が放つ輝きそして独特の危うさをどう表現するのか。
すぐに答えは出ませんでした。
結局何度も書き直し。
なかなかOK出なくて本当できないできないと思ってて。
すごい悩んでる時に居間に行ったらたまたまKinKiKidsが歌っててね。
あっ見た瞬間に?見た瞬間。
そしたらバ〜ッと出来たの。
へえ〜。
松本がもがきながら完成させたその歌はKinKiKidsの世界観そのものを作り上げる事になります。
青春の情景を切ない比喩と映像的な描写で描く。
松本の青春詩人としての真骨頂がそこにはありました。
バスの歌作りたいなと思ってて。
バスで別れる歌。
きっと何かドラマがあるんじゃないかなとか。
ここで別れてる人たちって歌になってないけどいるよねとか思ってさ。
そしたらねバ〜ッと物語が滝のようにあふれてきてそれでもうあっという間に出来たの。
そういうのがあったんですね。
それで出してみたら200万近く売れたから新記録になっちゃったの。
「ルビーの指環」より売れちゃった訳。
「硝子の少年」は去年KinKiKidsが初出場した「紅白」でも歌われました。
松本が勝負をかけた一曲は時代を越え愛される名曲となったのです。
30代を迎えた斉藤。
アイドルとして役が舞い込んできた時代を過ぎ演技派女優として勝負していく時代へ。
表現の幅を広げたい。
その思いで斉藤が挑んだのは言葉の表現でした。
詩集やエッセーを執筆します。
するとその表現力が認められ大きなチャンスを得ます。
あるミュージカルの日本語詞を担当する事になったのです。
その作品とはミュージカル「ローマの休日」。
大地真央山口祐一郎らトップスターが出演する大作。
その詞の全てを一人の女優が任されたのです。
出演者としてではなく裏方として関わる芝居。
思いを込めて詞を紡ぎました。
ミュージカル全部やったの?はい。
全部歌詞を書きました。
全員分。
二十何曲ぐらいあった。
うんなりました。
すごいね。

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詞書いて歌ってもらう訳じゃない?そういうのってどう?山口祐一郎さんとか大地真央さんとか思い浮かべながら作ったのでそれが立体になった時に何か本当に平面が立体に立ち上がってくる感じが目の前で歌われた時にあって。
だからシンプルに感動した。
作詞という言葉の表現に集中し挑戦した事で斉藤は女優としても表現力を深めていきます。
たゆまぬ努力と挑戦が実りデビュー30年を越えてなお注目が集まる女優に成長します。
アイス豆乳ラテ氷なし。
2つ。
去年このCMで変わらぬ美貌と魅力が話題に。
あんたこれ持ってなかった?持ってるよ。
何?見た〜い。
そして何と言ってもこの話題作が演技派女優斉藤由貴の存在を再び世の中に知らしめました。
大河ドラマ「真田丸」。
斉藤は徳川家康を献身的に支えた側室阿茶局を演じました。
その乱世を終わらせるのです。
実は出演に際して脚本の三谷幸喜から終盤の鍵を握るこのシーンに向けて役作りをしてほしいと頼まれていました。
我ら女はいつも振り回されてばかり。
あの出城何と言いましたか。
え〜真田丸。
そうあれを壊してしまってはいかがですか?人生の味を感じさせる名演技。
女優斉藤由貴の今の到達点です。
真田丸は取り壊し。
ついでに…お堀も埋めてしまいましょう。
三谷さんとの出会いっていうと遡る事二十ウン年前になる訳ですよね。
何かそうやって昔知り合った人と何年たっても「ああまたあの人に出てもらいたい」とかず〜っとつながって。
(笑い声)何かそういう事をすごい去年は感じて。
自分はね女だし特に自分が年を取るっていう事についてやっぱり当然の事ながら女優なんてやっぱり見てくれもすごい大事な商売だから不安に思う事はたくさんある訳です。
だけど…幸せだなってこの仕事ができて。
本当シンプルに自分が楽しい面白い打ち込めるって仕事を持てるって基本的な事だからついねずっとやってるから忘れてしまいがちだけど…このごろ特にその事すごい自分でかみしめるというかそういう感じになってきてる。
牢人たちがいなくなれば大御所様も一安心。
よい事ずくめではございませんか。
ねっそう致しましょう。
はい。
どうせ戦はもう終わっているのですから。
埋めてしまいましょう。
埋めてしまいましょう。
作詞家として走り続けてきた松本。
しかし2013年大きな衝撃が襲います。
それは盟友大滝詠一との別れ。
大滝さんがやっぱり亡くなったっていうのすごく大きなショックで。
メロディーメーカーなんだよね大滝詠一って人はね。
ライバルでありすごい盟友だよね。
仲間友人であり僕の言葉をメロディーにするのにものすごく繊細なところまで読み取ってメロディーにしてくれるっていう。
盟友との別れをきっかけに松本は考えます。
残された時間で自分は何をなすべきなのか。
その時思い立ったのは作詞家活動45周年を記念したライブ。
その中ではっぴいえんど時代の2人と曲を披露したのです。
自らの原点に立ち返った大切な時間。
ドラムをたたくのはおよそ40年ぶりでした。
一回飛ばそうと思ってたの僕。

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何となく40周年終わったあと次は50周年の方が切りがいいなって。
そしたら大滝さんが亡くなって。
今やっておかないともうできなくなるみたいなね。
先延ばしは駄目で。
そうなんだ。
限りある人生だからこそ原点を忘れず挑み続けよう。
決意を新たに。
今松本隆が挑んでいるのは伝統芸能との融合。
なんと和楽器の若手演奏者と共に音楽劇を手がけています。
振り幅広いですね。
極端に変わりますね。
常に一番新しいものとか一番かっこいいものを追求してきたので。
自分に一番足んないもの何かなと考えたんですよ。
そしたらねやっぱ古典かなって思って。
和楽器すごくいい楽器で古典の中に閉じ込めとくのはもったいないような気がするの。
昔日本語のロックやってそこからこういう一つのジャンルになったみたいな感じで…それが一番怖い事で。
多分古典に行かれたりクラシックに行かれたりというのもきっとそこら辺自分の中で…やっぱ自分が楽しめないと駄目で。
だから自分が楽しんで楽しんで楽しんで作れるものを探してるいつもね。
なるほどね。
大滝詠一と共に作ったこの曲で始まった日本の作詞を変えていく挑戦。
新たなリアルを求める旅は続きます。
女優として円熟期を迎えた斉藤由貴も挑戦と出会いを繰り返し新たなリアルを求めています。
うちの美月に何するんですか!?お願い…ママを殺して。
そして去年パーソナリティーを務めた24時間生放送のラジオで全盲の小学生と出会います。
そして少女のまっすぐな歌声が初心に立ち返らせる感動をくれました。
彼女は全盲でまだ12歳なんだけどもその…何て言うんだろう圧倒的な力にもう本当に殴られたような感動を覚えてしまって。
私はほらやっぱり女優をやってるので何か言ってみればうそとか虚構を生業にしてる訳じゃないですか。
でも何かこの子が歌ってるのを聴いた時に…。
本物だったの?そう思ったの。
何一つうそがなくて感動させようとすら思ってない感じがした。
こんなにも自分の気持ちが震えたのはすごく久しぶりというか。
最後に2人に聞きました。
人生の最期に聴きたい歌は何ですか?松本が選んだのは死後の魂の行方を描いたスペインの民謡。
自ら日本語詞をつけ歌手クミコが歌いました。
彼女はねチェルノブイリ行って日本語で歌ってロシア人の人たちが何か言葉分かんないのに泣いちゃってるの。
だから何かねそういう形で…自分がやるべき事なのかなってほんわか思ってるんだけども。
一方斉藤が選んだのはクラシックの美しいピアノ曲でした。
なぜか小さい頃からずっと好きな曲クラシック。
この「月の光」。
あんまりうちではそんな言った事なかったんですけどある日ふと娘がこの曲をピアノで弾いてて。
「何で?」って言ったらそしたら「私クラシックの中でこれが一番好きなんだ」って言って。
血じゃないけど「はっ!」って思って。
最期に聴く曲っていったらこの曲かなって思って。
静かに死ねそう。
ハハハハ!2017/02/23(木) 22:00〜22:45
NHKEテレ1大阪
ミュージック・ポートレイト[終]「松本隆×斉藤由貴 第2夜」[字]

作詞家・松本隆と女優・斉藤由貴が、それぞれ人生の節目で心に響いた「大切な音楽10曲」をテーマに、人生を語り合う。第2夜は人生の後半戦!

詳細情報
番組内容
作詞家・松本隆と女優・斉藤由貴が、それぞれ人生の節目で心に響いた「大切な音楽10曲」をテーマに、人生を語り合う。▽トップアイドルから国民的女優へ成長していく斉藤を支えていたのは、ポップスターの意外な曲▽歌謡界の頂点を極めた松本が、時代が変わる中、自分を見つめ直したクラシックの名曲▽表現者として30年来のお互いを知る二人だからこその「本音」が語られる。
出演者
【出演】松本隆,斉藤由貴,【語り】ヒロ寺平