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字幕書き起こし プロフェッショナル 仕事の流儀 特別企画「競走馬・オグリキャップ」 2017.02.13

やっぱり庶民のことば遊びなんだと思うんです。
同じ五七五でも俳句だとちょっと高尚な感じがあるんですけれども、庶民のそのまんまストレートなことばで、気持ちを書けるので、やっぱりこれはすごくストレス発散人も走る。
馬が走る。
(実況)大歓声の中ゲートが開きました。
有馬記念。
毎年12月一年の締めくくりに開催される日本競馬界最高峰のレースだ。
(実況)キタサンブラックかサトノダイヤモンドか。
ほとんど並んだ!今から27年前この華やかな舞台を駆け抜けた一頭の地方競馬出身の馬がいた。

 

 


(実況)外からオグリキャップだ。
オグリキャップが先頭だ。
内からホワイトストーン。
オグリキャップが先頭か。
二流の血統でありながらエリートの馬たちと互角に渡り合い勝利する。
その走りその姿に人々は自らの人生を重ね合わせ胸を熱くした。
(観客)オグリ!オグリ!オグリ…!今夜の主人公は伝説の名馬「オグリキャップ」。
その生きざまに迫るべく関係者を徹底取材。
皆思い思いに名馬の「仕事の流儀」を語ってくれた。

(主題歌)競走馬の世界は血統が圧倒的にものをいういわば厳しい「格差社会」。
(実況)大外オグリキャップイナリワンの競り合いだ。
なぜオグリキャップはその「格差」を乗り越える事ができたのか。
関係者の証言から浮かび上がった一つの真実。
(実況)オグリキャップは伸びてこない。
晩年。
突然惨敗を重ねた。
(実況)オグリキャップは馬群に消えました。
だが誰も諦めてはいなかった。
そして運命のレースが始まった。
その小さな地方競馬場の入り口には一頭の馬のブロンズ像が建っている。
この競馬場から羽ばたいた伝説のヒーローオグリキャップの像だ。
東京をはじめ大都市で行われる中央競馬とは規模も華やかさも比べるべくもない地方競馬。
オグリキャップは今から30年前の昭和62年北海道からこの地にやって来た。
・よしよしよしよし!よっしゃ〜。
オグリキャップが暮らしていた厩舎が今もある。
おとなしく手がかからなかったというオグリキャップ。
当初この馬に活躍を期待する人はほとんどいなかった。
調教のためデビュー前のオグリキャップに騎乗した事がある…あまりの手応えのない走りにがっかりした。
蹄に蹄鉄をつける装蹄師の岩崎倖大もまた競走馬としての資質に欠けていると感じた。
競走馬を語る上で欠かせない要素。
それは血統だ。
優秀な戦績を残している血統から生まれているかどうか。
その事が競走馬の価値を大きく左右する。
オグリキャップの父親は二流の評価だった。
戦績は20戦走って僅か5勝。
大きなレースで一つも勝っていなかった。
そのためオグリキャップが生まれた時…
(実況)外からディープインパクト来た来た…。
外からディープインパクト。
一方G1レースを7勝したディープインパクト。
その父親のサンデーサイレンスはアメリカの大レースケンタッキーダービーなどに勝利した名馬だ。
ディープインパクトが0歳の時に競りでついた値段は…。
オグリキャップの10倍以上だ。
そして今ディープインパクトの子どもたちの取引額は1億円を超える。
(実況)外からサトノダイヤモンド。
去年G1有馬記念を制したサトノダイヤモンド。
血統のよい馬ほど活躍する可能性が高く期待も注目も集まる。
それが競馬界の常識だ。
オグリキャップのいる厩舎を毎日のように訪ねる一人の男がいた。
二流と評されていたオグリキャップ。
だが孝一は血統が悪くてもいやむしろ血統が悪いからこそこの馬に期待をかけていた。
孝一は戦時中の食糧難の時代に7人きょうだいの四男として生まれた。
大家族の生活は貧しく幼くしておばの家に養子に出された。
ところが6歳の時義理の父が事故で他界。
頼りは紡績工場で働く義理の母親だけだった。
必死に生きる道を切り開いてきた孝一。
ガスバーナーの製造・販売などの事業で成功し財を成した。
友人から誘われ馬主になったのは36歳の時。
孝一は生前馬への気持ちをこう語っている。
どうする事もできない運命に翻弄された幼少時代の自分。
人の意に従い生きる事を運命づけられている競走馬。
孝一は自分の人生と重ね合わせオグリキャップのような血統のよくない馬であればあるほど愛着を感じた。
昭和62年春。
期待が低かったオグリキャップに僅かな可能性を見いだした男がいた。
(取材者)こんにちは。
ご苦労さんです。
鷲見昌勇80歳。
これ里帰りに来て俺乗ったあれよ。
笠松競馬時代のオグリキャップの調教師だ。
(取材者)何とも言えない気持ち…。
(鷲見)あれ何とも言えん。
それは最高。
最高や。
それはオグリキャップのデビュー戦直前の事だった。
レースさながらに全速力で走らせた時一流馬特有のある姿勢をとった。
オグリキャップが速い馬によく見られる「重心の低い走り」を見せたのだ。
そして迎えたデビュー戦。
結果は僅かな差で2着。
だがその内容は決して悪くはなかった。
騎乗した青木。
デビュー前の評価を改めた。
次のレースではオグリキャップは大差をつけて初勝利を飾った。
その実力を確信した鷲見。
地方競馬ならではのある秘策でその力を更に開花させようと考えた。
(実況)外からは5番のオグリキャップが追い上げる。
さあ直線を向く。
さあ外から5番のオグリキャップ先頭か。
ふだんの調教よりも負荷がかかるレースに2週間に一度というハイペースで出走させた。
(実況)先頭5番のオグリキャップリードを広げてゴールイン。
しかもオグリキャップは鷲見の想像を超えるタフさも併せ持っていた。
競走馬はレースが続くと疲労から食欲が落ち体重が減る場合が多い。
だがオグリキャップは逆に20kgも体重が増えた。
(実況)さあゲートが開きました。
更にオグリキャップは勝負に対する強いこだわりを持っているかのようだった。
(実況)さあかわすかわす外からかわしていったぞ。
5番のオグリキャップが先頭を奪った。
それに続いていこうというのはピンクの勝負服マーチトウショウ。
この日オグリキャップは最終コーナーで外側から来た馬に一旦かわされた。
しかし…。
(実況)前2頭のたたき合い。
激しいたたき合いだ。
9番のマーチトウショウか5番のオグリキャップか。
結果はハナの差で勝利。
騎乗していた安藤勝己。
オグリキャップに「闘志」や「意地」を感じとった。
オグリキャップの強さは本物だった。
デビューから8か月で12戦10勝と破竹の快進撃を続けた。
だがその活躍を喜びながらも複雑な思いを抱く男がいた。
地方競馬の馬主資格しか持っていなかった孝一にオグリキャップの中央競馬への移籍話が持ちかけられていた。
おはようございます。
(取材者)おはようございます。
よろしくお願いします。
ようこそ。
小栗孝一はおととし83歳でこの世を去っていた。
当時の様子を家族が語ってくれた。
孝一は自問自答した。
自慢の息子のようなオグリキャップをずっと手元に置いておきたい。
だが更なる活躍の可能性をそして日本の名馬となるチャンスの芽を摘んでしまっていいのか。
数日後。
孝一はオグリキャップを手放すと決心した。
ただし新しい馬主に一つだけ条件を出した。
自分の名前の入った「オグリキャップ」という馬名だけは変えないでほしい。
オグリキャップ中央競馬でのデビュー戦。
地方競馬の馬が果たして中央で通用するのか。
(実況)おっとまた内の方へ入った。
ちょっと窮屈こじあけた。
ラガーブラックこじあけて2番手か。
一気に外から来たのはオグリキャップか。
オグリキャップが一気に突き抜けた。
オグリキャップ先頭だ。
これはうわさにたがわない強さ。
オグリキャップ先頭だ。
そして2着はラガーブラックか。
なんとかラガーブラックは2着を守る。
勝ったのは4番オグリキャップ。
しかし4番のオグリキャップうわさにたがわぬ強さであります。
この日競馬場で見守っていた小栗孝一。
オグリキャップは強かった。
中央競馬に移籍後6連勝を飾る。
「二流」と評価されていた馬は格差を乗り越え始めた。
血統のよさがものをいう競走馬の世界でなぜオグリキャップは勝つ事ができたのか。
その秘密の一つが心臓にあったのではないかという指摘がある。
走る事に特化した競走馬サラブレッドの心臓は体重の1%にも達する。
他の哺乳類と比べるとその割合はほぼ2倍だ。
サラブレッドの中でもオグリキャップの心臓は特別だったと言われる。
(取材者)こんにちは。
よろしくお願いします。
ご苦労さんだこと。
獣医師の吉村秀之さん。
吉村さんは中央競馬時代のオグリキャップをずっと診察していた。
初めて診た時その落ち着きぶりと心拍数に驚かされたという。
サラブレッドの安静時の心拍数は1分間で30から40と言われる。
だがオグリキャップは24から27と低かったのだ。
これは一回のポンプで送り出す血液が多く大量の酸素を全身に運べる「スポーツ心臓」へと鍛えられていた証しだ。
「スポーツ心臓」は持久系の運動では極めて有利だ。
それは人間も同じ。
(実況)今高橋ゴールイン。
金メダル!例えばシドニーオリンピック女子マラソンで金メダルを獲得した高橋尚子さん。
高地トレーニングなどで培った心拍数は当時1分間で30から40。
20代の一般女性の半分以下だった。
サラブレッドも調教やレースを積み重ねると「スポーツ心臓」になる。
獣医師の吉村さんは地方競馬時代にオグリキャップの心臓が鍛えられたのではと考える。
そしてもう一つオグリキャップの強さの秘密が関係者の証言から見えてきた。
オグリキャップは調教やレースでのONの状態と厩舎で過ごす時の気持ちの切り替えがはっきりしていたという。
ひとたびレースに向けての調教が始まればスイッチオン。
そしてレース当日はパドックの時からやる気をみなぎらせた。
更にゲートに入る前に必ず見せたこのしぐさ。
なんと気合いを入れるお相撲さんのように武者震いをするのだ。
(実況)ゴール前でオグリキャップすごい脚。
頑張る時は頑張り休む時はしっかりリラックスし休養する。
このメリハリこそが「芦毛の怪物オグリキャップ」の「仕事の流儀」なのだ。
(声援)中央競馬に移籍して半年。
ここまで連勝中のオグリキャップが真価を問われる時が来た。
G1レースへの挑戦。
これに勝てば名実ともに日本一となる。
(実況)スタートしました。
しかし思わぬ強敵が現れる。
(実況)タマモクロスタマモクロスそしてオグリキャップ。
芦毛両馬の対決なったか。
さあタマモクロスかタマモクロス。
オグリキャップ追い詰める。
タマモクロス逃げる。
タマモクロス逃げる。
タマモクロス先頭ゴールイン。
逃げきりました。
9番のタマモクロスであります。
オグリキャップにとって中央競馬に移籍後初めての敗戦だった。
勝者はタマモクロス。
今回でG1レース3勝目。
現役最強馬とうたわれた。
調教師の瀬戸口はタマモクロスの強さは想像以上だったと振り返る。
タマモクロスを超えなければ日本一には届かない。
瀬戸口は悪い流れを断ち切るため新たな騎手を迎え入れる事を決めた。
(実況)シンボリ来た。
シンボリ先頭。
シンボリルドルフ出た。
シンボリ1着。
シンボリルドルフなど数々の名馬にまたがってきた名手岡部幸雄だった。
岡部もオグリキャップという存在に何かひかれるものを感じていた。
ですからそういう中で一番…。
リベンジするのは2週間後の有馬記念。
タマモクロスはこのレースで引退する事が決まっていた。
負けられない戦いに瀬戸口と岡部は異例の策に出た。
向かった先は有馬記念が行われる…ここで出走経験のないオグリキャップに少しでもコースに慣れてもらおうと考えた。
それは賭けでもあった。
レース前の大事な時期に慣れない場所に行けば環境の違いに驚き体調を崩すおそれもある。
だが杞憂だった。
そして迎えたタマモクロスとの最後の一戦。
発走1分前。
(実況)タマモクロスが今ゆっくりとゲートに向かいます。
落ち着いていますタマモクロス。
オグリキャップのゲート入り。
あの武者震いを見せた。
(実況)さあスタート。
第33回有馬記念競走のスタート。
レースはオグリキャップが先行しタマモクロスが追いかける展開となった。
(実況)各馬が横に広がった。
オグリキャップが来た。
そして外からタマモクロス。
外からタマモクロス。
タマモクロス先頭か。
オグリキャップタマモクロス。
さあ両頭の争いになった。
オグリがややリード。
オグリリード。
オグリリード。
タマモが追う。
オグリリード。
オグリリード。
オグリ勝ちました!オグリキャップ勝ちました。
中京笠松の地方競馬からスタートしたオグリキャップ。
ついに日本の頂点に立ちました。
オグリキャップに乗りながら岡部は岡部なりのこの馬の「仕事の流儀」を感じていた。
気合いは十分だが冷静に平常心を保つ。
オグリキャップが見せたプロフェッショナルの姿だった。
新しい元号は「平成」であります。

(実況)そしてオグリキャップが内に突っ込んできた。
内からオグリキャップオグリキャップの伸び脚はどうか。
さあ先頭はバンブーメモリーか。
オグリキャップ2番手。
しかし前2頭並んだところでゴールイン。
平成2年7月。
オグリキャップは福島県にある療養施設にいた。
デビューから3年。
酷使してきた体を癒やすためこの施設を訪れていた。
この1か月前脚の「飛節」と呼ばれるかかと部分に腫れが見つかっていた。
この時オグリキャップは1か月にわたって温泉治療に専念した。
だがこの休養こそが現役時代最大のスランプを招く事となる。
復帰初戦はG1天皇賞。
(実況)オグリキャップは伸びてこない。
ヤエノムテキが先頭。
メジロアルダン外からオサイチジョージ。
しかしヤエノムテキ。
ヤエノムテキ1着。
オグリキャップは馬群に消えました。
ラスト200mで失速し初めて6着という惨敗を喫した。
この結果を予期していた男がいた。
担当獣医師の吉村秀之だ。
吉村は天皇賞の数日前オグリキャップを診察。
ある異変に気付いた。
大きな武器だった卓越した心肺機能が衰えてしまっていた。
(実況)オグリは一番外。
オグリは大外…。
1か月後のジャパンカップも11着と大敗。
「オグリキャップはもう終わった」。
関係者は年末の有馬記念を最後にオグリキャップを引退させると決めた。
だがあの男は違った。
地方競馬時代の馬主小栗孝一。
所有権を譲ったあとも全てのレースに駆けつけ応援していた。
孝一は有馬記念の前家族にこうつぶやいた。
これでは終わらない。
そう考えるのは孝一だけではなかった。
調教師の瀬戸口のもとにはオグリキャップ宛の手紙があふれた。
全国のオグリキャップのファンたち。
もう一度立ち上がってほしい。
自らの人生と重ね合わせオグリキャップを見守ってきた人々はそう願った。
瀬戸口は勝負に出た。
通常レース前の調教の際には体に負担の軽いウッドチップコースを使う。
瀬戸口はレースの勘を取り戻させるためあえて実戦に近い芝のコースを走らせる事にした。
最後のレースを託されたのは…だが調教の感触はよくなかった。
引退レースまであと僅か。
スタンドには史上最多の17万7,000人。
調教師の瀬戸口。
「おやっ」と思った。
パドックで惨敗した2戦では見せなかった自分からぐいぐい引っ張るしぐさを見せている。
しかし騎乗する武はまだ確信が持てなかった。
(声援)
(実況)さあオグリキャップ引退レース最後のレースです。
ゲートが開いてスタートが切られました。
16頭がそろいました。
きれいなスタート。
それほど思い切っていく馬はいません。
ゆっくりと…軽く押してヤエノムテキか。
そしてオサイチもいった。
オグリキャップオグリキャップ早くも3番手から4番手。
スタート直後。
武はすぐに気付いた。
「いい走りだ」。
(実況)そしてオグリキャップ。
オグリキャップは中団5番手6番手。
残り800m。
最終コーナーを回った武豊。
(実況)さあオグリがいった。
武豊がいった。
第4コーナー内でオサイチ頑張った。
そしてアルダンアルダン。
アルダン先頭か。
オグリ先頭に立つか。
第4コーナーを回って直線。
大歓声です。
さあオグリが先頭に立つか。
先頭に立つか。
さあ内で頑張った。
オサイチ頑張った。
オグリが先頭か。
オグリキャップ先頭か。
200を切った。
オグリキャップ先頭。
オグリキャップ先頭。
そしてそしてライアン来た!ライアン来た!ライアン来た!しかしオグリ先頭!オグリ先頭!ライアン来た!ライアン来た!オグリ先頭!オグリ1着!オグリ1着!オグリ1着!オグリ1着!右手を上げた武豊。
オグリ1着!オグリ1着!見事に引退レース引退の花道を飾りました。
スーパーホースです!オグリキャップです!
(観客)オグリ!オグリ!オグリ…!血統を乗り越えて勇敢に戦え。
その願いを一身に背負った馬はまるでシナリオどおりだったかのように駆け抜けた。

(主題歌)なんでしょうね。
レース終了から1時間後。
オグリキャップに歩み寄る男がいた。
小栗孝一だった。
ひと言声をかけた。
「ありがとう」。
引退後北海道の牧場で余生を過ごしたオグリキャップ。
種牡馬としてその遺伝子を残してきた。
そして7年前この世を去った。
今一頭の娘がそのバトンを受け継いでいる。
見守るのはオグリキャップに希望をもらった生産者の佐藤信広。
実はオグリキャップの子どもは一頭も大きなレースで勝っていない。
夢はその孫へと託されている。
新たな伝説の誕生を楽しみに待とう。
2017/02/13(月) 22:25〜23:15
NHK総合1・神戸
プロフェッショナル 仕事の流儀 特別企画「競走馬・オグリキャップ」[解][字]

今回は特別企画!主人公は、伝説の名馬・オグリキャップ!血統や生まれ育った環境などの“格差”を乗り越えて活躍した芦毛の怪物、その「名馬の流儀」に迫る。

詳細情報
番組内容
今回は特別企画!伝説の名馬・オグリキャップが主人公だ。「ブラッドスポーツ」といわれ、血統が重視される競馬の世界。“二流”だったオグリキャップは、次々とエリート馬たちを倒し、有馬記念などG1レースを4勝。名実ともに、サラブレッドの頂点に上り詰めた。なぜオグリキャップは、血統や生まれ育った環境などの“格差”を乗り越えて活躍できたのか。今回、調教師や騎手、馬主など徹底取材。「名馬の流儀」に迫る。
出演者
【語り】橋本さとし,貫地谷しほり