(空を切る音)空気を切り裂く鋭い音。
(気合いの声)空手の世界チャンピオン…空手といっても対戦相手はいません。
敵との攻防を一人で演武し技の完成度を競う形と呼ばれる種目です。
喜友名選手は2年前の世界選手権を制覇。
その後全ての国際大会で優勝を重ねています。
世界で1億人が愛好する一大スポーツとなった空手。
彼の形は今や世界の憧れとなっています。
今年空手は4年後の東京オリンピックの追加種目に選ばれました。
喜友名選手はもっとも金メダルに近い男と目されています。
喜友名選手を育んだのは空手発祥の地沖縄。
琉球王朝時代から受け継がれてきた厳しい鍛錬が力強い形を生み出してきました。
喜友名選手にとって今年は世界選手権での連覇が懸かる試練の年。
追う立場から追われる立場へ。
世界が彼を目指す中最強の形をあえて一から見直し挑みます。
(気合いの声)発祥地沖縄の誇りを背負い強さの神髄に迫る魂を見つめます。
その一日は空手に始まり空手に終わる。
道場までの運転中。
信号待ちの間には…自然と体が動きます。
寝ても覚めても空手に夢中。
仲間の間でも評判です。
言われてますよ。
反論しないと。
(取材者)喜友名さん自覚は?「空手バカ」。
皆愛情を込めてそう呼んでいます。
喜友名選手の種目形。
2人が対戦し技を掛け合う組手と違って空手独特の動きを一人で演武します。
はい!例えば素早い手技が続くこの形は…沖縄の北谷屋良という地に由来します。
108の技が込められた…独特の足運びや円を描くように回す手の動きが特徴です。
形は数百種類あるといわれていますがその全てが実戦で使われる技から成り立っています。
空手の始まりは琉球王朝時代護身術として生み出されました。
当時実際に使われた技の数々を後世に受け継ぐため一連の動きに組み合わせたものが形の始まりといわれます。
例えば喜友名選手が最も得意とするアーナンという形。
相手の攻撃に備えた受けの姿勢から始まります。
実は護身術である空手は受けが基本。
自ら技を仕掛けてはなりませんがひとたび攻撃してくれば容赦ない反撃が繰り出されます。
形の終盤。
この動きには3つの技が込められています。
まず相手の攻撃を手の甲で受け隙を狙って素早く急所を打ち最後は喉元を突く。
命懸けの戦いの場で培われた究極の技の集合体が形なのです。
沖縄で生まれた空手。
100年ほど前に日本本土へ伝わると柔道の影響を受けて対戦型の組手が主流となっていきました。
しかし沖縄では師匠から弟子へと形の意味を伝授する稽古が続いてきたのです。
そこに立っててこうやってね…。
喜友名選手の師匠は…かつて国際大会で7連覇を果たした空手界の生きる伝説です。
喜友名選手も沖縄で受け継がれてきた技の意味を徹底的にたたき込まれてきました。
そこは意識してます。
琉球王朝の武術から一大スポーツへと進化を遂げた空手。
(気合いの声)競技の場では形の優劣はどのように評価されるのでしょうか。
試合は1対1のトーナメント形式。
事前に登録しておいた形を一人ずつ演武し5人の審判が判定します。
世界空手連盟の審判委員を務める高橋和夫さん。
試合の際も技の意味の理解度が重要だといいます。
喜友名選手が初優勝したおととしの世界選手権。
決勝の演武で評価のポイントを教えてもらいました。
まずは対戦相手ドイツの選手。
本来この足の動きは右手で相手を攻撃すると同時に反撃に備えるための僅かな踏み替えだといいます。
ここで必要以上に足を浮かせると技の意味を理解していないと見なされ評価が下がるのです。
更に実戦での技の有効性も評価を分けるポイントです。
ドイツの選手の足元を見ると…。
激しい動きの中ふらつきが見られます。
一方の喜友名選手。
常に安定した状態で技を繰り出しています。
(気合いの声)武道からスポーツへ。
その変遷の中でも実戦の技を大切にする空手の精神は受け継がれているのです。
(気合いの声)世界から高く評価される喜友名選手の形。
当たれば一撃で敵を破る力強さ。
沖縄の言葉でアティファーと呼ばれます。
それを可能にしたのが恵まれたフィジカルです。
片足でのスクワット。
ほかの選手が苦戦する中…このとおりの安定感。
絶対的な足腰の強さが自慢です。
あ〜!
(拍手)3!
(気合いの声)それを育んだのが沖縄の町道場に伝わる稽古。
自ら道場で指導する喜友名選手も子どもたちに足腰の基礎鍛錬を繰り返しさせています。
8!
(気合いの声)四股立ち中段突きよ〜い。
いきま〜す。
これは四股立ちという沖縄空手の基礎的な立ち方。
7!
(気合いの声)8!
(気合いの声)9!
(気合いの声)6!
(気合いの声)腰を低く保ったまま何度も突きを繰り返します。
10!
(気合いの声)1!
(気合いの声)2!
(気合いの声)3!
(気合いの声)4!
(気合いの声)10!
(気合いの声)はいやめ〜座って。
すごいヨウスケに拍手。
(拍手)さすがだな。
はい立って猫足立ちいきます。
はあ〜きつい。
喜友名選手が空手を始めたのは5歳の時。
見た目のかっこよさに惹かれ稽古に夢中になりました。
厳しい鍛錬で鍛えた身体能力を武器に頭角を現し中学2年で全国大会初優勝。
(気合いの声)しかしそれ以降思うような成績を残せずにいました。
そんな時出会ったのが師匠の佐久本さんでした。
初めて道場を訪れた時の光景が今も目に焼き付いているといいます。
佐久本道場で空手家としての再スタートを切った喜友名選手。
師匠と交わしたある約束がありました。
喜友名選手を育んだ空手発祥の地沖縄。
空手が東京オリンピックの追加種目となった今世界からかつてないほど熱い注目を集めています。
沖縄県が定めた空手の日を前に那覇市の国際通りで行われた記念演武。
世界中からおよそ4,000人が集結しました。
今空手のために沖縄を訪れる外国人が増えているといいます。
その大きな理由が本場ならではの指導です。
形の意味が分からず戸惑った場合でも…。
動きの意味を実戦に置き換えて説明してもらえる事が何よりの魅力だといいます。
更に国際大会では喜友名選手の演武に熱心にカメラを向ける姿が…。
4年後のオリンピックに向けて今世界が沖縄を目指しているのです。
8月喜友名選手は強化選手が集まる合宿に参加していました。
男子個人形喜友名。
はい!この日は10月にオーストリアで開かれる世界選手権代表選手の発表の日。
前回に続いて形の日本代表に選ばれました。
自分を信じて金メダル取りに行きましょう。
林ジャパン!
(一同)ウォンチュー!
(拍手)王者として迎える大舞台。
連覇に向けての戦いが始まりました。
追われる立場となった今回はより高みを目指さなければなりません。
稽古中佐久本さんが口にした言葉がありました。
粘りとも表現されるこの言葉。
実は沖縄空手の神髄です。
例えばこの力強い突きの部分。
よく見ると突きの腕が大きくしなっている事が分かります。
こうしたしなやかさをむちみというのです。
腕だけでなく腰や膝などの関節も大きく動いています。
全身をむちのようにしなやかに使う事で筋力だけに頼らない強力な技を繰り出す事ができるのです。
むちみを体得すればより高い評価が期待できます。
世界選手権を前にもう一度自らの形を見直す事にしました。
10月世界選手権の前哨戦が開かれました。
31の国と地域からおよそ300人が参加するプレミアリーグ沖縄です。
前回の世界選手権では全ての試合5対0の完全試合で優勝した喜友名選手。
この大会も完全試合で弾みをつけたい。
(気合いの声)
(ホイッスル)ところが…。
6試合全てで勝ちはしたものの3つの試合でポイントを落としてしまいました。
喜友名選手が1ポイントを落とした準決勝の演武。
これは左手で相手の胸倉をつかみ寄せながら右手で攻撃を加える技です。
しかし試合では相手をつかみ寄せるはずの左手が大きく離れてしまっていました。
これは腰をひねるむちみが出せていないため手を振り回す力だけで体を回転させていたためです。
更にここでも…腰から上の体の軸が前のめりになっています。
これも激しい動きの中で足腰のむちみを使えていない事が原因です。
腕の力だけで突いているためつられて上半身のバランスが崩れてしまったのです。
力強さを強みとしてきた喜友名選手。
しなやかさを出す身のこなしに戸惑っていました。
大会後。
師匠のげきが飛んでいました。
下に引いて…下に引いてあげる。
こっちに…。
より強い選手が集まる世界選手権まで1か月。
焦りが募ります。
佐久本さんの焦りの背景にはある選手の存在がありました。
世界選手権で過去2回優勝経験のある実力者です。
ディアス選手の武器も安定した下半身が生み出す力強い演武。
更に技についても深い理解があります。
かつて沖縄で佐久本さんに指導を受け喜友名選手にとっては兄弟子にあたります。
佐久本さんはむちみをどこまで体現できるかが勝負を決めると考えていました。
実は喜友名選手はディアス選手とこれまで3戦3敗。
ここ数年対戦の機会がないまま喜友名選手がチャンピオンとなりました。
ライバルを倒し真の王者となるために選んだ形は…あえて前回敗れた時の形で挑みます。
行って帰る時に下げるんだよお前。
行って帰る時に下げるんだよ。
はい。
突いて帰る時に下げるんだよ。
演武の印象を左右する出だしの部分。
これは相手を突くと同時に素早く手を戻し反撃を受ける技です。
(佐久本)膝が柔らかくないと落ちない訳さ。
膝が柔らかくないと落ちない…。
この受けに欠かせないのがむちみです。
手を引く瞬間に膝の関節を使いしなやかに全身で受ける練習を重ねました。
なかなか感覚がつかめない喜友名選手を見かね佐久本さんが腰に帯を回しました。
突きを出した瞬間に帯で腰を下に引き膝のむちみを使う感覚を体になじませていきます。
自らが目指す形と向き合う日々が続きました。
10月末。
世界選手権が開幕しました。
空手界の一大イベント。
110の国と地域から1,000人を超える選手が集まりました。
ディアス選手の姿もありました。
お互い勝ち上がれば準決勝で対戦する事になります。
初戦から5対0の完全試合を重ね順調に勝ち上がった喜友名選手。
(気合いの声)ギリギリまでむちみを確認し続けます。
よし!そして迎えた準決勝。
連覇に向けて大切な大一番です。
スーパーリンペイ!先攻はディアス選手。
くしくも選んだ形は喜友名選手と同じスーパーリンペイ。
佐久本さんが勝敗を決めると語った出だしの受け。
(気合いの声)力強く華やかな演武。
(気合いの声と歓声)客席から上がるひときわ大きな歓声。
プレッシャーが高まります。
スーパーリンペイ!喜友名選手の演武が始まりました。
練習を重ねた出だしの受け。
関節のしなやかさを意識します。
(気合いの声)
(気合いの声)3対2。
喜友名選手の勝利でした。
ディアス選手の演武を見ると…。
引き手の動きが大きいため一見すると力強い印象を受けます。
しかしよく見ると受けの手が左右に大きく動いています。
これは膝をほとんど使わずに腕力だけで技を繰り出しているため力み過ぎて腕がぶれてしまっているのです。
一方の喜友名選手。
一見動きは小さく見えます。
しかし腕を引くとともに膝をしならせ無駄のない強固な守りを生み出しています。
最後までむちみを生かした形を体現しました。
大一番を制し決勝は2日後。
うまいだろ。
いい試合してるからうまいんだよ。
いい試合してるからだな。
佐久本さんの下に弟子入りして10年。
共に目指してきた目標はすぐ目の前です。
(佐久本)真正面からぶつかってごらん真っ向勝負で。
(場内アナウンス)「リョウ・キユナフロムジャパン」。
よっしゃ!2度目の決勝の舞台。
アーナン!
(拍手と歓声)
(気合いの声と拍手)
(気合いの声)
(気合いの声)5対0圧巻の2連覇です。
おめでとう!ふるさと沖縄に帰ってきた喜友名選手。
(拍手)大勢の人が待っていました。
発祥の地の代表としてその旅路を歩ききりました。
道場の教え子たちの姿もありました。
そうですねとてもうれしいです。
びっくりしました。
4年後の栄光を目指して。
(気合いの声)誇り高き沖縄の空手家として真の強さへの探求は続きます。
(気合いの声)2016/12/05(月) 00:25〜01:09
NHK総合1・神戸
アスリートの魂「沖縄の誇り 背負って 空手家・喜友名諒」[字]
4年後の東京五輪の追加種目に決定した空手。初の金メダルに最も近いと言われているのが、沖縄出身の26歳・喜友名諒(きゆな・りょう)。世界を目指す挑戦に迫る。
詳細情報
番組内容
喜友名諒の種目は「形」。琉球王朝時代に護身術として生まれた空手の技を後世に伝えるため一連の動きにまとめたものが「形」の始まりとされ、武道としての総合的な完成度を競う。世界中で競技人口が増え、いまでは各国の強豪の台頭もめざましい。この2年、全ての国際大会で優勝してきた喜友名諒。ことし10月、連覇をかけて世界選手権に挑んだ。空手発祥の地・沖縄の誇りを胸に、真の強さを追い求める挑戦の日々を見つめた。
出演者
【語り】時任三郎